吸血鬼の涙(下)
綱吉と京子の会話を聞きながら、隼人は少し切なくなった。自分より前に綱吉と出会い、彼が泣けない事も知っていた京子。しかも綱吉の吸血鬼の姿を見ても動揺せず、今までどおりに接している強い彼女。綱吉と彼女は、強い絆で結ばれているように感じ。綱吉は自分を求めてくれたけれど、彼女の方が綱吉に相応しいのではないかと、少し不安になる。そんな不安を綱吉が悟ったのか、彼の手が優しく隼人の髪を梳き。
「京子ちゃん、オレもうすぐ遠くに行かなきゃいけないって話したよね」
「うん、でもツナ君のお母さんもお父さんも一緒には行かないんだよね?寂しくない?」
「前はちょっと寂しいかなって思ってた。今も全く寂しくないって言ったら嘘になるけど。大丈夫、獄寺君が一緒に付いて来てくれるから」
京子の前でされた宣言に、驚きながらも。隼人は肩を抱く綱吉の腕を拒むことは無く。触れ合う体温に不安が解けていくのを感じた。
「そっか、獄寺君はツナ君に初めて涙を流させた人だもんね。そんな人が一緒に居るんなら大丈夫だよね。遠くに行っても元気でいてね。もしたまにでもこっちに戻ってこれるんなら顔を見せてね」
「うん、有難う」
人間界には恐らく殆ど戻って来れないだろう。だが綱吉はそれを伝えず、これが彼女との最後の会話になるだろなと、ただ京子に感謝の念を伝えた。
「やまもと」
「ツナ、獄寺は」
京子を家に送り届け、綱吉は山本の家へと向かった。隼人は再び傷を癒す為に眠りについている。
「だいじょうぶ、目を覚ましたよ。傷も暫くすれば治るって」
「良かった……ツナなんかすげえすっきりした顔してる」
「うん、とても嬉しいことがあったから。山本には謝らなきゃいけないけど」
「……獄寺は、ツナの隠してる大事なこと知って。それでもツナを選んだって事、だろ」
「山本ってたまに凄く鋭いよね。まだ全然説明してないのに」
「獄寺の態度見てたら、ツナがどんな事隠してても受け入れるんだろうなって思っただけだぜ」
「……そっか、山本。オレはさ、もうすぐしたら遠くに行かなきゃならなくて、獄寺君もオレが連れてくけど。最後に彼と会っとく?」
綱吉と隼人が人間ではない事は、既に彼も悟っているだろう。そして二人がこの世界が離れる時が近い事も、山本は持ち前の勘で理解しているようだった。
「いんや、止めとく。操られてたとは言えあんな事しちまったオレに、獄寺は会いたくないだろうし。ツナ謝っといてくれよ」
「獄寺君は山本に感謝してたよ。山本が魔物と戦ってくれなかったら、自分はもっと酷い事になってただろうって」
「はは、邪な気持ちさえなきゃ最初から操られてすらいねーって。まあ好きな奴に感謝されるってのは悪い気持ちはしねえけど」
「オレ、もう行くね。学校にも顔出さないから」
「ああ、ツナも獄寺も元気でな」
あっさりとした別れ。でも山本らしいと思った。
黒い大きな扉が目の前に聳え立つ。今日は綱吉の16回目の誕生日。それは彼が魔の世界に渡る日を意味する。
扉の先から感じる瘴気に、純粋な魔界に足を踏み入れたことの無い隼人は僅かに体を震わせた。
そんな隼人を、吸血鬼としての正装をした綱吉はそのマントの中に包み込み抱え上げる。
「前にも言ったように向こうの世界は、君にとって楽な場所じゃないかもしれないけど。オレが君をずっと守るから。だから」
綱吉の言葉に、隼人は小さく、でもはっきりと頷き。彼に身を任せた。
吸血鬼の一族の長で魔界の支配者である綱吉の伴侶が、サキュバスのしかも男である隼人だと知って。それを由としない連中も沢山居ると聞かされていたけれど。でも覚悟は出来ていて。
そんな連中の事よりも綱吉の傍に居る事の方が隼人には重要で。元から綱吉の為に全て捧げている命だ。綱吉の隣に居るだけで幸せで。
「貴方の傍に居れるなら、オレはどんな事にも耐えられます」
今まで心の中で何度も思ったそれを、言葉にして口にする。
「……有難う隼人」
口付けを交わした後。
扉を開けて魔の世界へと歩いて行く。
隼人の左手の薬指には、炎を象った痕を隠すように綱吉が贈ってくれたリングが嵌められ。綱吉の薬指にも揃いの銀のリングが煌いていた。
-吸血鬼の涙・完-