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ハイドロゲン
ハイドロゲン
novelistID. 3680
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あなたとシド

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煙草のにおい、ヴィヴィアン・ウエストウッド、肩に掛けたデュオ・ジェットの重さの妄想、ばかにつきぬけた青空。
 俺を構成するもの全部。

 
 雑巾臭い湿気た教室から抜け出して、校門を潜って車がひとっこひとりいない道路を覗くといつもいつも胸が熱くなる。自由だ!もう縛りつけるものは何さえもない!クラスメイトなんて皆が皆、糞ばかりで、糞糞糞。カスの集まりだ。眼鏡掛けて良い子ちゃんぶってマンマの乳吸って、何が楽しいのか。俺にはもっと刺激的で、危険で、低俗な生活の方が見合っている。 
 
 他のメンバーも同じようなことをどうやら思っているらしかった。
 これだから馬鹿な奴らは良い。フランシスはあんなお上品な面を引っ提げているのに、夜な夜なとっかえひっかえお嬢ちゃんを連れ込み愛で殺し、挙句さんざな罵詈を吐いて切り捨てるのが好きなんて高尚な趣味を持っていたし、人の良さそうな言動と空気と顔を産まれながら母親から貰っていたアントーニョはあれで性根が腐敗している。今でこそ矢鱈に落ち着いたものだが、テンションハイな場合の奴が催す私刑と言ったらマジでファックだファック。
 世の中には汚いものしかなくて、下衆の巣窟で、大人と俺達は人種が違った。知っていただけだ。NYの劇場がなんとかーとか液晶の中で語る端麗な男がいれば、コンビニの駐車場でしゃがんで肉まん食ってる不細工な男もいる。 

 人生そんなもんだ。

 ただ声を大にして叫ぼう。俺たちは生きていた。


この不景気なんで来たって?美醜なんて言葉を作ったのがいけなかった。
 当然のことを口にするとそれは形を成して、固体になるからその語彙は封印されるべきものだ。だから俺は、この銀髪と赤眼、相応にだが確りと筋肉のついた体とはまるで相対して金髪に蒼眼、どこぞの英雄かと問いたくなる程に厚い胸板を持ったこいつが好きではない。同じタイプに弟が分類されるが、どうしてこうも違うのか不安だ。
 そいつはアルフレッド・F・ジョーンズという名前だ。
 
  「だからお願いしてるんだぞ!」

 「お願い」するならもう少し真摯な態度を見せろと、強面で修正してやりたがったが我慢した。俺大人。どうにもこうにも、こいつは苦手だ。今回もろくに知り合いでもないのに話し掛けて来て、それがまたほとほと困らせるものであるし。
 こいつの実兄の、アーサーとか言う奴をバンドのメンバーに加えろなどと無理を言う。
 確かに、フランシスはアーサーの腐れ縁であり幼馴染でありということは有名な話だったが(フランシスの取り巻きの女が、アーサーを勝手に女だと勘違いして学校まで喚き散らしに来たのが知れ渡った一因だった気がする)そんな関係があろうとも加入にこきつける意味が分からない。うちはスリーピースを売りにしているんだ。一人増えただけでも、大きく曲の構成さえ変わってくる。第一アーサー・カークランドに音楽の経験があるとも思い難かった。
 困惑無視に、お構いなくハンバーガーを頬張り乍提案を続ける2年坊主を一瞥する。さり気なく話術にものを言わせ、論理的に展開してくるところがまた小賢しい。 
 疲労し大きく溜息をつきながら、放課後の人影もばまばらな廊下を鳥瞰した。

 「彼、友達がいないんだよ。中学の頃は生徒会長なんてやってたけど、それも飽きちゃったみたいだし、高校に入ってからは地元の頭の軽い不良達とつるんだりしてさ。そうそう、ちょうど君みたいなね!それで更にクラスメイトには怖がられるし、もうあとは結局フランシス位しかいないんだよ。だとしたらフランシスの友達である君が彼と仲良くしてくれたら面倒臭いことなんて一切無いと思ってね。いい考えだと思わないかい?あぁ、何で俺がこうやって齷齪とあの眉毛の為に徒労を重ねてるなんて野暮な考えは勿論しないでほしいよ!」
 「面倒くせえ…。」

 ぽつりと吐いた本音はぼんやりと春の陽気に呑み込まれる。こんないとまを潰しているより、早くバッカスと愛し合いたいのに!
 痺れを切らして口を開こうとしたら、このメタボの後ろに頭1個分程小さい、ちょうど俺と視線が合う位の影が姿を現した。金髪という同じ括りだが、少し異なったくすんだショートヘアを揺らしてそいつは俯き気味になっていた顔を上げる。水分量が多い碧色の瞳は強い視線を宿して、噛み締めた唇が赤く染まっていた。可愛らしい童顔に不釣り合いな、ぶっとい眉毛がいやに顰められていた。そして開口紡いだ俺とのファーストインプレッションを決める言葉が、俺に向けて鋭い威嚇を持った睨みを持ちながら、重い唇が小さく小さく震えた後に表れる。

 「お前、死ねよ」と。







 「…は、!」
 「アーサー。君、どういうつもりだい。これから君の友人になる奴だぞ!というか初対面からそんなの、」
 「はっ、ふざけんな。んなこと誰が頼んだ!俺はっ…ひとりでいいんだよ!くそ、信じたってどうせまた」
 「取り敢えず落ちついてくれよ。君はすぐ癇癪になるから、あいつだって」

 
 その上何時まで蛆虫みたいに、かくかくしかじか。
 おい待て。何謎の修羅場に突入してるんだ。
 混乱に暮れて、ここ迄に至る経緯を回顧していたもののこいつらはそんな第三者を放っておいて丸っきり二人の世界である。何となく語弊がある気はするがニュアンスは正にその通りだ。彼氏が勝手に他の男に自分の電話番号を渡していた時のショックと同一なような様相がアーサーにはあった。
 初対面にして既にこのぶっとい眉毛のポジションを異性に置いている自分に気付いて、視線を反らし胸の辺りを摩った。何か、つい昨日の失恋で心が弱っている。第一いつもはだって、学校が終わったらすぐ帰宅していたのに廊下の窓辺で呆けていたからこいつに掴まった。

 
 「っじゃあな!今日は帰ってくるなよ!」

 
 途端耳がびりりと波立って、茫然としていた思考も消し飛んだ。気付けば一層声を荒立たせたアーサーが、踵を返して背中を遠ざけて行く。
 そういやこいつら実兄弟だもんな。恋人みてえな喩えは悪かった。失敗失敗。つかあいつ大分キレ易いな。
 一応気になったので、アルフレッドを一瞥すれば開口した阿呆面で硬化していたがそれも一瞬で、洗い浚い失くしたような貴い横顔で兄を見据えていた。こいつらに何があったかは知る由も無いが、弟にこんな顔をさせるのは感心しない。
 再度アーサーを見れば、階段を下りる直前だった。




 


「悪かったよ。元から感情的になり易い人だけど、体裁は良いからあんなになるとは思ってなかったんだ」 
 「いや、気にしてねえけど。何かしら問題がありそうなのは見てわかったしよ」

作品名:あなたとシド 作家名:ハイドロゲン