臨帝小ネタ集:11/11追加
スーツ祭り2007
「うわ似合わない」
「……解ってますよ」
日も暮れかけの中、冷たい風に肩を竦ませながらやって来た帝人に対し、ちらりと視線だけ遣っての第一声。そんな扱いに慣れている程度にはこの男との付き合いは深い。深くなってしまった。
「明日、大学の入学式なんで」
「そう。おめでとう」
何か、きっと部外者が見たらただでは済まないのだろう(と帝人は思っている)書類を丁寧にファイリングしながら淡々と臨也は言う。その曇りなく澄んだ声音の前では自分の呼吸すら邪魔に思える。
「帝人君? どうしたの」
「いえ、なんでも」
取り立てて目の前の存在を意識することもなく自身の作業を続ける臨也を見ている内に、日常生活においては常識人である帝人はどことなく落ち着かない気分になる。まだ仕事があるようだし帰ろうかそもそもどうして自分は連絡もなしにここへ来てしまったのだろう大学の入学式だとか真新しいスーツだとか、そんなものに対する一般的な反応をこの折原臨也に期待でもしていたのだろうかと思考がぐるりぐるりと回り始めたところで、タイミングを見計らったかのように臨也が口を開く。
「ねえ帝人君。そのスーツ、サイズ合ってないんじゃない?」
「………これから合うようになるんですよ」
「制服じゃないんだからさぁ」
くつくつと喉の奥に篭らせるような笑いを零してようやっと、臨也がデスクから顔を上げる。自然と視線が合ったその目は夕焼けの一番濃い時間帯を切り取ったかのようで、慣れることなく帝人の胸をかき乱す。
「帝人君、顔が幼いんだからせめてサイズくらいは合わせないと、余計着られてるように見えるよ」
そういう臨也だって特別大人びた(彼はもうとっくに大人だが)年相応の顔立ちをしているわけではない。そうでなければ二十一歳と自称して通るわけがない。自身を棚上げした臨也の発言に、未だ中学生に間違えられることもある童顔がそろそろコンプレックスになってきた帝人はぷいと横を向いて不愉快の意を示す。
「ねえ帝人君」
もちろん、そのような無言の訴えを気にする男ではない。すぐに視界の外側から晴れ渡った春の空のように柔らかな音が帝人の耳をくすぐる。
「………………なんですか」
「卒業式までにそれがきつくなったら俺とスーツ仕立てに行こうか」
「仕立て、に?」
「うん。俺も必要なときはあるから持ってるけど、ちゃんと作って貰うと既製品よりずっと着やすいよ?」
そんな未来の約束をくれるとは考えもしなかったので、虚を衝かれぽかんと口を開けている帝人を見て臨也が笑う。
「それにしても本当に全然似合ってないね」
口にした内容とは裏腹に常の視線の鋭さが和らいだ、ただ静かで穏やかな笑みに目を奪われて……帰りたくないなと思ってしまった。
作品名:臨帝小ネタ集:11/11追加 作家名:ゆずき