二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ホップ、ステップ

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
今年のオープンキャンパスはこの俺様が貰ったぁ!なんたって今年は秘密兵器な企画が目白押しだからなっ!!
……という、法政大学、政春からの不遜な(相変わらずなにも考えていなさそうなともいう)メールを受け取ったのは、どうやらMARCHの残りの面々らしかった。
意味不明なペンギンの絵文字が乱舞する文面は、招待状なんだか挑戦状なんだか、また非常ーに微妙なラインである。
再びそのメールを表示して、あまりの脳天気さに思わず明治大学、竹治明良はため息を吐いた。つられてうかうか市ヶ谷くんだりまで休日を潰して足を運んでしまった時点で、自分たちも一概に政春を責められる立場ではないのだが。

「……で?これのなにがどうだって?」
「まぁまぁ竹治、法崎も流行に乗った感じなんだよきっと」

法政においてもっとも新しい建築物である外濠校舎1階ロビーでは、先ほどから延々と、聞き覚えのあるようなないようなアニメオープニングソング集が垂れ流され続けている。次々と間断なく移り変わるメロディへ額に青筋を浮かべる明良を見かね、理央はやんわりとたしなめた。
優紀はとうに義教とともに退出と腹を決めてしまったらしく、もう影も形も見当たらない。安息日がどうだとかまた適当なことを言っていたが、千鳥ヶ淵のあたりでも散歩して帰る心づもりなのは明白だ。

本日の空模様は生憎曇り、絶好調とは言いがたい。
しかしながら日曜日、なんといってもオープンキャンパス!……とくれば、大学側にとってはその年度の入学希望者に自校の魅力を存分にアピールする絶好のチャンスだ。勿論大学自身にもそれ相応に気合いが入るというものである。
受験生の心を鷲掴みにすべく生徒側が自主的に行ったものがこれだ、という結論は、まぁ政春らしいといえば政春らしいのかもしれないが。
10時間のアニソンオープニング垂れ流しに始まり、文化祭実行委員長による「今度こそ多目的(室)をわかせるぜ!」の宣言のもと、外濠校舎地下の多目的室ではアニソンライブまで決行されるというの気合いの入れようたるや相当である。

「どうする明良、観てく?ライブ」
「……いい」

理央の声へ、言葉少なに明良はゆるりとかむりを振った。ぱさぱさと乾いた音を立てて飴色の毛先が舞い踊る。
どうせ政春の生徒たちのことだ、乱痴気騒ぎになっているのは目に見えているし。だいたい偏見なのかもしれないが、アニメソングのライブの客層に混ざること自体に正直若干抵抗があるのだ。
明良の脳内では、秋葉原の街をバックにぱっつんぱっつんのチェックのシャツをジーンズへと突っ込んだ、リュックサックを背負う小太りの男性たちが野太い歓声をあげながら、いわゆるオタ芸というヤツを繰り広げている。

「明良、さすがにそれは勘違い甚だしいと思うけど」
「いや、そうなんだろうけど、どうしてもそういうイメージが拭えなくて」

理央の指摘に頷きながらも踵を返そうとした明良の横を、三人組の女子学生たちが歓声をあげながら多目的室へ向かって駆け抜けていった。明良のところの学生たちと変わらない、髪を明るくしてすらりとしなやかな足を晒したいかにも今時の女の子たちだ。
あんな子たちもアニメソングのライブに行くんだな、といささか失礼な感想を明良が抱いたところで彼女たちの甲高い声が耳朶を打つ。

「早くしないと始まっちゃうよっ!」
「そんな慌てなくてもまだ大丈夫だよー、どうせ時間押せ押せでしょ」
「マサが歌うとか超珍しいよね、意外とカラオケ行かないしさぁ」
「確かにぃ!」

一連の流れを受けて、理央がふぅん、とその唇を尖らせる。
あまりよろしくない色の光が真っ黒なひとみに宿るのを見て、思わず明良は顔を逸らした。

「政春、歌うんだ」

……どうする明良、観てく?ライブ。

それは先ほどと一言一句を違えない質問だったけれど、理央の目は明らかに明良の答えを知っていて、なおかつそこに行き着くまでの葛藤を楽しんでいる節があった。
歯噛みしたい心持ちを、どうにかこうにか押し殺す。理央が相手じゃなかったら、多分迷わず帰っている。
明良はしばらく逡巡して、結局一つ頷いた。

「そうこなくっちゃ」

理央のこういうところには適わない、と明良はつくづく思い知る。

多目的室からはすし詰めの人があふれていた。客層も幅広く、予想よりも随分と盛況している。
思わず今からでも背を向けたくなるのをどうにか堪えて恐る恐る中を覗き込めば、意外なことに観客の温度は低い。淡々と演奏を聴いていて、どうにもいまいち盛り上がりに欠ける。

「明良、ステージ見える?」
「あぁ、うん一応。理央は?」
「なんとかね」

苦笑する理央が175、明良が180。5センチの身長差は意外と大きいらしい。

「案外みんなおとなしいんだね」

理央の言葉に頷く寸前、聞き慣れた声音の絶叫が、明良の鼓膜を突き刺した。

「おいこらテメェら、しゃきっとしろ!なに黙ってボーっと突っ立ってんだ!!」

声量が大きすぎるせいなのか、わんわんとハウリングを起こしている。ステージ上でマイクスタンドを引っ掴み、なりふり構わずがなり立てているのは何を隠そうこの学校それ自体だった。
黒地のデザインTシャツにスキニー、スニーカーのラフさは長身の政春によく馴染む。噛みつくように叫ぶ姿に途端観客の一部で歓声が上がる。

「待ってたよ、マサぁー!」
「いよっ、総大将!!」
「いよっじゃねぇっつーの!テメェら在校生は責任もって盛り上げろ、こんなんじゃちっとも楽しくねぇだろうが!!!」

何に対しても全力投球、真剣極まりなく熱くなる、それを隠す気もさらさらない。
そんな政春のひたむきさは、どうしたって人を惹く。
そんな姿をずっとずっと、間近で見てきた。時には腐れ縁の昔馴染みとして、あるいは半世紀来のよきライバルとして。

「まだまだこんなもんじゃねぇだろ」

政春の一挙手一投足に、観客の意識がうねるようにして引き込まれていくのを感じる。声を張り上げ叫ぶだけ叫んだ政春は、しかし口元に満面の笑みを掃いてみせた。
最後まで絶対に諦めない、ツーアウト満塁で逆転ホームランを打てる勝負強さ。

「天下の法政の底力、見せてやろうぜ!!」

いいか野郎ども、巻き返すぞ!
拳を振り上げた政春の声に、今度は波濤のような歓声があがった。
途端始まるギターリフは、明らかに今までと音が違う。滑り込むベースの重低音、踊るようにドラムのスネア。

「へぇ!なかなか上手じゃない」
「……あぁ、うん」

正直理央の感想は殆ど聞いちゃいなかった。視線が吸い寄せられるような気がした。
目を伏せてマイクスタンドに手を添えた政春の呼吸と、それから、それから、
声。

「っ、―――!」

そうして世界は極彩色に姿を変える。音色は彼のひととなりだ。
真っ直ぐに躊躇わず、そうして強い。光条のような強さでもって、ステージ上から降り注ぐ。
音の洪水に呑まれてしまっていつの間にか地鳴りのただなかに居た。間奏に政春がマイクを掴んでステージの上を駆けている。青を濃くして張り付いた前髪をかきあげ叫ぶ。

「前列跳べ!後列やる気ねぇぞ、前来い、前っ!!」
作品名:ホップ、ステップ 作家名:梵ジョー