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お似合いの二人

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「帝人君。これはありえない」
 臨也さんが僕の家に泊まった翌日、冷蔵庫の中を覗いて言った言葉。なにがありえないんだろう。解らない。
「そんな何を言われているのか心の底から解りませんって顔されてもねえ」
「すいません。本当に解らないので」
「……あのさぁ、冷蔵庫の中に栄養ドリンクと麦茶しか入ってないってどういうことなの」
「栄養補給と水分補給で必要かと」
「いや、麦茶はいいよ。問題ない。栄養ドリンクだって君の生活習慣を考えたら常備していたってまあおかしくはないんじゃない? ダラーズの管理、ネットビジネスの管理、それぞれ学校に通いながらやるのは大変だろう、うん。でもね、冷蔵庫の中にこれだけしか入ってないってのはどうなの」
 どうなの、と問われても。ここで一人暮らしするようになってから大体こんな感じでやってきたし。食事はスーパーで安売りの日にカップ麺とかレトルト食品とか買いだめしてるし、近所にはコンビニだってあるし。なにが問題だというのだろう。

 そんなことを話していると臨也さんの細い眉が段々と寄ってきて、切れ長の目を縁取る長い睫毛が伏せられたかと思うと、はあっとため息を吐かれた。

「帝人君」
「はい?」
「ちょっと失礼するね」
 僕の返事も待たず臨也さんは、臨也さんの家に比べたら恥ずかしくなるような我が家の台所をなにやらチェックし始めた。冷蔵庫の中は言うに及ばず冷凍庫や流しの下の収納まで。なにをしているんだろう。
「想像以上だなこれは」
「えっと、すいません……?」
「一応言っておくとね、俺こういうの嫌いなんだ」
 嫌い、が胸に突き刺さる。え、なに、嫌い? え? 混乱した僕の心情が顔に出ていたのかそれとも読み取ったのか、臨也さんが表情を緩めて笑いかけてくる。
「レトルト食品とか缶詰とか、そういう大量生産品? 人の手が介在してない食事って好きじゃないんだよね」
「そう、なんですか」
「うんそう。じゃあ買い物行ってくるけど何かリクエストは?」
「……え?」
「まあいいや。適当に買ってくるからちゃんと待ってるんだよ」
「あ、はい、いってらっしゃい」
「いってきます」
 いつも通りに黒のコートを羽織って臨也さんが出て行った。薄い扉の外から階段を下りる音がカンカン響く。えーっと、つまり、なんだこの状況。リクエストってことは、臨也さんがなんか作ってくれる、とか………………え?



 今、僕の家の台所でなにかとてつもないことが起きている気がする。狭い狭い板張りの台所で僕に背を向けて立っている臨也さん。腕まくりをしていて、普段は晒されない白い腕が朝日に照らされながら休むことなく動いてる。
「いやー米があって助かったよ。米さえあれば大抵はどうにかなるからね」
「……両親もそんなこと言って毎月送ってくるんです」
「そう。ご両親に感謝だね。ああ、だから自炊しないのに炊飯器はちゃんとあるんだ」
 コンロの上では鍋がぐつぐついってて、ふわりと味噌のにおいが漂ってくる。味噌汁だ。それを濡れた布巾の上にすっと降ろして、今度はフライパンを用意。あらかじめ溶いておいた卵を何度かに分けて流し入れて焼いて、卵焼きの出来上がり。一つ一つの動作がとても手慣れていて無駄がない。この人でもちゃんと料理とか、してるんだなあ。
「帝人君、お茶出して。もうできるから」
「あ、はい。ありがとうございます」

 僕が冷蔵庫から麦茶を取り出して二人分のグラスに注いでいる間に、臨也さんはちゃぶ台を布巾で軽く拭いて皿に盛った卵焼きを置き、注いだ味噌汁を持ってきて、最後に炊飯器からご飯をよそって満足げに頷いた。
「じゃ食べようか」
「はい。えと、いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
 朝のきらきらした光の中で目を細める臨也さんはいつもと全然違って見えて、なんだか変な感じ。強すぎるくらいの眼差しが和らいで、それだけで本当に優しげな雰囲気になる。ああもう、心臓うるさいなあ。
「まだスーパー開いてなくてさ、コンビニで材料だけ適当に買ってきたから君には物足りないかな? 悪いね」
「いっいいえ! 朝は最近あまり食べませんし、これくらいで、」
「えーそれは感心しないなあ。まだ育ち盛りなんだから食事はちゃんと摂らないと」
「う」
 さらりと揺れる髪は陽に透けても夜空みたいな黒。細いのに節張った、ちゃんと大人で男の人なんだって解る手(僕の手はまだどこか子供染みている。いまだに中学生に間違われる程度には)が音も立てず箸を茶碗を扱っている光景は、普段のこの人を思うと、ひどく現実離れしている。

 何から食べようかと迷って手につけたのは味噌汁。臨也さんに言った通り朝はあまり食べないから、また働き出してない胃にちょうどよさそうだと思ったのだ。なんだか異様にどきどきしながら器を口元に寄せて一口すする。
「……おいしい」
 思わず零れる言葉。だって本当においしかったから。具は、早朝のコンビニで揃えたからか種類は少なめで豆腐と油揚げのみ。味も薄めで、口の中でふわっと味噌の香りだけ広がって後に残らない。シンプルな作りのそれは、慣れ親しんだ実家の味とは全然違ってたけど、おいしかった。
 そんな僕の言葉に臨也さんが笑う。いつもどこかに見え隠れしてる悪意なのか好意なのか解らない好奇心がきれいに消えた、ただの微笑がなんとなく気恥ずかしくて、それから目を逸らすように卵焼きへと箸を伸ばした。温かみのある黄色の上に食欲をそそる薄茶色の焦げ目のついたそれ。ろくな抵抗もなく箸が沈んでいく。そうして舌の上で味わって、驚いた。
「甘い……」
「帝人君の家とは味付けが違うのかな。うちは砂糖なんだけど帝人君ちは?」
「えっと塩と醤油、だったと」
「あはは。全然違うねー。口には合わない?」
「そっ、そんなことないです! おいしいです。甘い卵焼きって初めて食べたので、ちょっとびっくりしただけで」
 嘘じゃない。家で食べてたものとは全く違う味だけど、嫌じゃない。ちゃんと伝わってるだろうか。
「実家にいた頃は妹達もまだ小さくて、わりと家事任されてたからさ、手癖で作ると子供好みの味になっちゃうんだよね。帝人君は辛目のが好きだろ?」
「どちらかといえばそうですけど、こういうのも好きですよ」
「そう。ならよかった」

 また味噌汁を一口二口と含んでいく。薄味のそれは甘い卵焼きによく合った。うちのお米をうちの炊飯器で炊いたはずなのに自分で炊くよりもおいしい気がする白米をよく噛みながら、おかず同士の味のバランス考えてるんだなーとか、その辺もちゃんと気にするなんて意外だなーとか、そんなことを思った。

作品名:お似合いの二人 作家名:ゆずき