抱き合う温もりだけが唯一の希望
連れて行かれるオニオンナイトに何も出来ない事を歯噛みしながら見送るしか出来なかった。
「さて、これで理解出来たか?」
オニオンナイトを見送った光の戦士は皇帝に向き直り先程より鋭く睨み付ける。
「貴様等の全ては私の手の内にある。例えば、あの少年にこれから苦痛を与え続ける事も可能だ。
子供は喧しいから好きではないがな」
「何が言いたい?」
光の戦士の言葉に皇帝はにやりと勝ち誇る様な笑みを浮かべた。
「簡単な取引だ」
格子の閉まる音が響き、役目を終えたイミテーションはその場から消えた。
鎧類を剥がされ、牢屋に入れられたオニオンナイトは壁を背に膝を抱え込む。
ひんやりした空気に身体が震える、吐く息が温度差で白く染まる。
(ライトさんは大丈夫かな…?)
自分の体を抱きしめながら、あの場に取り残された光の戦士を心配する。
正面きっての戦いならば決して負けない。だけど今は状況が違う、武器も奪われ拘束されている。
あの様な状態は戦う者にとっては屈辱この上ない事だろう。
(僕の所為だ…)
オニオンナイトは自分を責める。自分があの時、逃げ遅れなければこのような事態に陥る事は無かったと。
光の戦士の誇りを傷付けたのは自分だと。
「その言葉、二言はないな?」
「くどい。そちらの条件を呑むのだ、貴様も守って貰うぞ」
皇帝の確認の問い掛けに光の戦士は睨み付けながら答える、皇帝は小さく喉をならす。
「人に物を頼む態度ではないな」
その言葉と同時に光の戦士の足元に雷の紋章が現れ、電撃が光の戦士を焼く。
「くぁ――ッ!」
小さく声が上がるが、その後の声を殺す事になんとか成功した。
痛みが全身に駆け巡り、紋章が消えた後には光の戦士は床に倒れこむ。
「もう一度聞こうか」
倒れこんだ光の戦士は体を起き上がらせ、皇帝を見上げる。
「……頼む、彼には手を出さないでほしい」
そう言って頭を垂らすと、皇帝は残虐と愉悦を合わせた笑みを浮かべた。
「……?」
突如、この牢屋に満ちた魔力にオニオンナイトは顔を上げる、次いで中空から光の戦士が現れ床に落ちた。
「ライトさん!?」
オニオンナイトは光の戦士の傍に駆け寄り息を呑む。
彼も鎧を脱がされ、腰の布と足甲だけの状態だったが驚いたのはそこではない。
あまりにも酷い怪我をしているのだ。何をされたのかは想像しないでも分かる。
オニオンナイトは自分の腰布を外して床に広げる。
此処は冷える、せめて身体を冷やさないようにしなければ。
広げ終えると光の戦士の頭に回り込み脇に手を差し込み体を浮かせて布の上に寝かせ、
すぐに足を片方ずつ持ち上げて布の上に乗せる。
扱いは荒いが仕方ない、気絶した成人男性を持ち上げるなど自分には不可能だ。
オニオンナイトは光の戦士に手をかざし集中する。
「我が声よ、祈りの祝詞を紡ぎて光となれ、光よ癒しの力を帯びて、傷付き疲れし者を癒せ、
命を救う癒しの光を我が手に、ケアルガ」
かざされた手から光が溢れ、光の戦士を包み傷を癒していく。
最上位治癒魔法ケアルガ、これならば殆どの傷を癒やす事ができる。
全ての傷が癒え、光の戦士はゆっくりと瞼を開けた。
一つ瞬きをして焦点を合わせて、覗き込んでいるオニオンナイトに向けて首を動かす。
「オニオン…?」
「…ライトさん」
目を開いてくれた光の戦士にオニオンナイトは安堵の息混じりに名前を呼ぶ。
「此処は?」
「パンデモニウム内の牢屋だと思います、貴方は転移の魔法で運ばれて来ました」
オニオンナイトが光の戦士に簡潔な説明をする。光の戦士はそうかと呟き、腕を上げて眺める。
「君が治してくれたのか?」
光の戦士が訪ねるとオニオンナイトが頷く、
光の戦士は腕を下ろして布の感触に下に布が敷かれている事に気が付いた。
「君には世話になったな、ありがとう」
礼を言われる様な事はしていない、オニオンナイトは光の戦士の言葉に否定の言葉が浮かんだ。
「――どうして?」
だからなのだろうか、固く止めいた言葉が意志とは逆に口から出てきた。
その言葉に光の戦士はもう一度オニオンナイトを見上げる。
「ライトさん、どうして僕なんかの為に…ライトさんだけなら逃げれた筈なのに…」
目元に涙を浮かべながらオニオンナイトが膝に置いた手を強く握り締める、
その手に光の戦士が自分の手をそっと重ねた。重ねられてオニオンライトは光の戦士を見る。
「ライトさん…?」
「仲間を見捨てて逃げるなど出来るわけがない」
そう言って肘をついて上半身を起き上がらせ、オニオンナイトの目元の涙を指で払い彼の亜麻色の髪を撫でる。
「諦めなければ希望は必ず生まれる、だから諦めるな」
そう言った光の戦士の瞳は力強い輝きが宿っている、その瞳を見てオニオンナイトは頷いた。
頷いたオニオンナイトに光の戦士は小さく笑み、重ねていたオニオンナイトの手を引いて引き寄せる。
「わっ?!」
引き寄せられたオニオンナイトは光の戦士の腕の中に収まった、
光の戦士の突然の行動にオニオンナイトは慌てて抜け出そうとするが其処は大人と子供の力の差があり無理だった。
「ら、ライトさん!?」
「もう眠ろう。此処は少し寒い、互いに身を寄せれば暖かい筈だ」
驚くオニオンナイトを無視する様に言って光の戦士は片手でオニオンナイトを抱きしめながら自分の腰布を外し、
掛け布代わりにと二人の体に巻きつけて横になった。
光の戦士の行動にオニオンナイトは困惑したが抱き締める光の戦士の暖かさに体の力を抜き、
もぞもぞと寝易い体勢に動いて目を閉じる。体がくたくただった事もあり、すぐに眠りに就いた。
光の戦士は一度だけオニオンナイトの髪を撫でてから目を閉じた。
作品名:抱き合う温もりだけが唯一の希望 作家名:弥栄織恵