家族ごっこ【下】
#10
ホテルにチェックインを済ませた昭二は、荷物を部屋に置くと、フロントに少し出掛けてくると断って外に出た。玄関先に停まっていたタクシーを拾い、あれこれと指示して向かった先は、交通量の多い街中の公園前だ。料金を払ってタクシーを下りた昭二は、辺りの様子を窺って首を傾げた。
「この辺だった筈なんですが……」
たかが三年、されど三年だ。住宅地でさえ様相が変わっているのだから、街の中心部ではなおさらのことだった。目当てのものを求め視線をさまよわせる昭二を、背後に停まる白いワゴンの中で監視する者達がいた。誠と明美である。ふたりは昭二が人気のない路地へと入って行くのを確認してから、おもむろに車を発進させた。
翌日は土曜だった。望や玲子は用事があると言って外出していたが、誠と明美は庭に出てゴルフに似たスポーツを楽しんでいた。昨夜はあれほど焦っていたのにと不審に思った坂上は、お昼を過ぎても訪ねてくる気配のない昭二が心配になり、ホテル鳴神に電話してみることにした。
「もしもし、そちらに荒井昭二さんという方が泊まっていらっしゃると思うのですが、繋いでいただけますか?」
『確かに荒井様は昨日の夕方にチェックインされていますが、その後外出したまま戻られず、荷物もそのままです』
「え?戻ってないんですか?」
驚いて聞き返しながら、坂上は窓から庭を見下ろした。ゴルフクラブを振り回し豪快なショットを連発する誠、それを微笑んで眺めている明美──彼らが安心しているのは、彼らを脅かすものがなくなったからではないか。そんな想像に身震いしていると、電話の相手から『失礼ですが、そちら様のお名前は?』と、やや警戒の混じった声音で尋ねられた。
「え、僕ですか?……」
何故かそれを告げるのはマズいような気がして、坂上は慌てて受話器を置いた。
翌日、誠が「庭の雑草が伸び放題で動きにくいぜ」と言っていたのを聞いた坂上は、草刈の為に庭に出た。夏の陽射しの中でぐんぐん成長した草と格闘しながら、ふと、前回の出来事を思い出す。椿に近づき、鼻先を土につけて臭いを嗅いでいたポヘ。臭い…綾小路、ひきにげ……。
(椿の下に、何かある……?)
それが何かわかれば、全ての出来事が一本の線に繋がるかもしれない。坂上は一旦屋敷の中に戻り、シャベルを持って再び庭に出た。誘われるように椿の傍に歩み寄り、その下にあるものを掘り起こそうと根本にシャベルをざっくりと刺し入れる。
「修一?何してるんだい」
肩に手を置かれ、心臓が縮み上がった。悲鳴を上げなかったのは奇跡だろう。恐る恐る振り返ると、望が膝を曲げて坂上の顔を覗き込んでいた。
「新しく花を植えようかと思って……」
「そんな日当たりの悪い場所にかい?」
口元は笑みを作っているが、目が笑っていない。
「それもそうですね!ほかの場所を検討します」
恐ろしくなって逃げようとした坂上の肩をがっしりと掴み、望は不気味な笑顔を見せた。
「ちょっと来てもらおうか、修一」
リビングに連れて来られた坂上は、家族全員に取り囲まれ、激しい糾弾を受けた。
「酷い!ずっと僕を監視していたんですか」
「酷い?当たり前じゃない。坂上君は私達の大事な家族なんだもん」
「庭で何してたんだ坂上」
「裏切り者!私達、素敵な家族になれると思っていたのに」
何故、自分が責めを受けなければいけないのか。嘘をついているのは彼らの方ではないか。坂上はどうしても納得できなかった。
「貴方達は、一体何なんですか?友晴さんは大学を辞めてるし、誠さんはボクシングジムに勤めてなんていない。望さんだって……」
「僕らのこと、こそこそ調べてたのかい?」
望は傷ついたような顔をした。
「だって、貴方達が本当の事を教えてくれないから!本当は皆さん、家族じゃないんですよね?赤の他人同士なんでしょう?」
痛いのはこちらの方だ。家族になれたと思っていた。受け入れてくれているのだと思っていた。だが、全部嘘だったのだ。
「望さんは頻繁に明美さんの部屋に出入りしますよね」
「お母様と話したいことがあるからね」
「あんな夜中に!?匂いが移るほど身体を密着させて、一体何を話すんですか!?」
望は乾いた笑いを漏らしてごまかそうとする。
「玲子さんが誠さんと抱き合ってるところも見ました」
「あら、修一君は想像力が豊かなのね」
「お風呂の脱衣所でですよ!ふたりとも裸に近い格好で……僕だって好きで見たわけじゃない!」
「……修一、君は妊娠で情緒不安定になっているんだよ。そんなに声を荒げちゃって、お腹の子によくないんじゃないの?」
「…坂上には、休養が必要だな」
誠が、溜息をついて立ち上がった。それを合図に、他の三人が坂上の四肢をがっちりと押さえ付ける。
「なっ、何をするつもりですか!?」
誠は手元の鞄から注射器を取り出してニヤリと笑った。
「やっ……やめっ!」
「おとなしくしてくれよ。なに、少し休んでもらうだけだ」
「私達、貴方を守りたいのよ」
「痛いのは一瞬だけだからね」
抵抗むなしく、何らかの薬物が腕に注入される。急速に意識が遠退いてゆく中、望の声を聞いた。
「おやすみ、修一」