家族ごっこ【下】
Epilogue
翌朝、警察による現場検証が行われた。坂上の証言から荒井家の庭を捜索したところ、誠をはじめ友晴や玲子の遺体も発見された。荒井昭二も昨夕、少し離れた浜辺に遺体となって打ち上げられたらしい。
「警部!動物の死骸も出てきました」
「動物?」
「犬です。犬種は恐らくパグでしょう」
「ふむ…坂上さん、心あたりは?」
「あ……多分、ポヘという名前の犬かと……」
坂上は答えかけてハッとした。
「あの、椿の下を掘ってみて下さい!」
椿の下には、五体の白骨死体が埋まっていた。恐らく『本物の荒井家』の人達だろう。
「ポヘは本物の荒井家のペットだったんだ……」
写真のことを思いだし、坂上はぼんやりと呟いた。付き添う斉藤は、不思議そうに首を傾げる。
「本物の荒井家の人達がもう亡くなってたなら、誰があの人達を殺したんだ」
「そんなこと……考えたくもない」
「それもそうだな。もう行こうぜ」
「ああ…」
少ない荷物を引き払い、これからしばらくは斉藤の部屋に厄介になる。坂上は彼と並んで立ち去りかけて、振り返った。遺体が埋まっていた辺りに、ぼんやりと彼らの姿が見える。亡霊か、幻か。どちらでもいい。坂上は静かに手を合わせ、斉藤の後を追った。
「そうだ、日野さんに、立ち寄るようにって伝言を頼まれてたんだ」
道路に出ると、斉藤が思い出したように告げた。
「日野さんが?」
「何か、坂上に話したいことがあるみたいだったけど……あれ?」
隣家は静まり返り、まったく人気が感じられなかった。呼び鈴を鳴らしてみるが、誰も出てこない。
「おかしいな、留守か?」
「あ」
「どうした坂上」
「これ」
門の照明の側に、白い封書が挟まっていた。
「手紙…?」
表書きには、整った毛筆で『坂上へ』とある。
「なんだろう?」
坂上は少し緊張しながら封を開けた。
『坂上へ
お前ももう気付いているだろうけど、お前の家族だった荒井家の奴らは、偽家族だ。そして、実は俺達日野家も、偽家族だったんだ。俺達は、それぞれ偽荒井家の奴らに大事な人を殺された遺族や友人だ。
俺は学生の頃、深夜のコンビニで友人の神田とアルバイトをしていた。俺は神田に想いを寄せていた。
あれは、俺が神田に告白しようかと悩んでいた時だった。俺が用を足している間に強盗が押し入って、神田を殺した。
防犯カメラに映っていたその強盗こそ、偽荒井家の家長……本名、新堂誠だった。
復讐を誓った俺は、新堂と他の四人──岩下明美、風間望、細田友晴、福沢玲子が本物の荒井家の人達を殺して荒井家として暮らし始めたことを突き止め、同じような想いを抱く四人と共に、ちょうど空き家だった隣家に引越し、日野家として家族を演じることにした。
奴らを四六時中監視し、二年をかけてその行動パターンを完璧に把握した俺達は、遂に計画を実行に移した。
奴らがひとりになる時間を狙って、全員で嬲り殺したんだ。
…あの時の新堂の顔は傑作だったな。まさか隣人に殺されるなんて、夢にも思っていなかっただろう。
坂上を巻き込むような形になってしまって悪かったと思っている。ポヘも可哀相なことになってしまって申し訳なかったな。
俺達の復讐は終わった。
偽家族を解消してお一人様に戻り、また新しい人生を始めるよ。
お前もどうか今回のことは綺麗さっぱり忘れて、強く生きていって欲しい。
お前なら大丈夫だ。随分友達想いの友人もいるようだし……。
それとも、俺の嫁に来るか?小説家ってのは嘘だが、お前ひとり軽く養える身分ではあるからな。ただし、あの宇宙人の子どもの世話は遠慮する。
……冗談だ。お前だってもう、犯罪者の妻にはなりたくないだろうしな。
機会があればまた会おう。
お前の傷が早く癒えるよう祈っている。
日野貞夫』
「この手紙の通りだとしたら、なおさらやりきれない事件ですな……」
戻って手紙を提出した坂上に、刑事はそんな風に漏らした。
日野は恐らく捕まらないだろう。名前は偽名に違いないし、手紙はワープロで綴られたものだった。手掛かりといえばかつて彼の友人でバイト仲間であった神田の名前だけだが、それも本名かどうか疑わしい。新堂が強盗殺人をはたらいたコンビニは一軒ではない。
「でもさ、お前が無事でよかったよ坂上。一歩間違えたら、お前もあの化け物家族に殺されてたんだから」
しみじみと坂上の生存を喜ぶ斉藤に、坂上は悲しげに目を伏せた。
「僕はあの人達、化け物じゃないと思う。誰よりも家族が欲しかった…ただそれだけだよ」
***
あれから数カ月が経った。坂上は日野に紹介された病院で出産した。男の子だった。今のところは、普通の人間の赤ん坊に見える。
「宇宙人でもいいけどね。……望さん」
小さく笑って天井を見上げる。
『彼ら』は優しく微笑んで、新しい命と坂上を見守っていた。
[2009.09.11 - Colpevoleより再録]