色彩りキャンバス
04.夜とくちびる
歌っても何かが足りない気がした。
だから何度も何度も練習して、やっと手に入れた歌い方だった。
最初から歌がうまいなんて、ユリアの子孫だからとかいう理由になんてしたくないし、されたくなんてなかった。練習をした、それだけ。
だけどヴァンデスデルカはちゃんとメシュティアリカを褒めた。お前なら歌えると。
褒めてくれたことが嬉しくて何度も歌った。それがいつの間にか、戦いで役に立って、もっと歌えるのなら、と思っただけだった。
それなのにここまで来た。
ここまで来てしまった。(譜歌がここまで導いた?)
考えたくもないことだった。
***
不完全な歌なのに、夜の街にはよく響いた。
途中まで音にする。呼吸がそこで切れれば、ナタリアが拍手をくれた。ティアは少し笑う。
「やはりティアの声はきれいですわ」と、気品という言葉を纏ったようなナタリアに、ティアは静かにありがとう、と言う。少し頬が熱かった。
「うん、ティアには譜歌って感じ」
「そうだな。他の人が譜歌を唄ったら、どんな感じなんだろうな」
ルークとガイがティアに笑いかけた。だけど、ティアに笑いかける前は、お互いに視線を合わせて一緒に笑ってから、こちらのほうに向けられる。彼らにはきっと切りたくても切れない糸みたいなものがあるのだろうと、ティアは考えていた。
それからまたすこししてから譜歌を唄った。意味を考えないで紡いだ音は、ただの音だった。
それが、ティアにはとても自然な気がした。大譜歌、だなんて。そんなたいそうなものを唄うつもりなんてない。
ティアは歌がすきなだけだった。兄が褒めてくれた歌声で、歌を唄いたかっただけだった。なんてことはない、それだけの話だったのに。
それなのに。
「ティア?」
我慢していたことが、忘れようとしていたものが溢れかえってきそうだった。
ルークが心配した声と表情を向けてくるので、なんでもない、と頭を振った。なんてことないのだ、幸せだった時間を懐かしんでいるだけなのだから。
そうだ、なんてことはない。
自分が、あんなに大好きだった兄を、殺すなんて―― 笑い話にもならない。
震えた唇から漏れた音は、簡単に喉を滑った。音は、歌になった。
ティアは、歌がすきなだけだった。たくさんの人が褒めてくれた歌声で、歌を唄っただけだった。
なんてことはない、それだけの話だったのに。
たくさんの人の命を救う歌であればいいと思っていた。
なのに、この歌は大切な人の命を奪う。
奪ってしまう旋律でしか、なかった。