雪は空に踊り
わたしはそれが答えなくても構わない、そう思いながらリーマスは賛同を述べた。どのみち彼が真意を明らかにすることなどありえなかった。それが問うて答えるなら、何を?訊ねてみたいような気もするが、その答えをもう知っているような気もする。そしておそらく、彼はそれに何も問うたりはしないだろうことも。
おはよう、リーマス、おはよう。
体内にある声は苦しいばかりで鼓膜を揺らすことはない。言葉が凍るなら身体を切り開いて取り出して、その白いかたまりを視認できるのに。春が来るのを待ってほどかれた言葉は再び体内に宿るかもしれないけれど、今のように無秩序に棘をばらまいたりはしないだろう。向き合っていたいのだ。その存在に確かな証が欲しい。もっと、もっと。
「くだらない。絵本について議論するほど暇ではない」
溜息混じりの声にリーマスは顔を上げた。議論を打ち切る声はいつもと同じに低く冷たい。彼はいつだって現実に身を置いて、優しい顔をした手招きを拒み続ける。けれどそれを強さだとは思わない。拒絶し続けることは執着し続けるのと同じことだ。違うかな、セブルス?
「くだらないかな」
「くだらないな」
くだらないと言い捨てるのは、わたしにはまだちょっと無理みたいだ。それを弱さだと君は笑う?
「寒いねえ」
「窓を閉めろと何度言わせる」
呆れた口調で投げられた言葉を無視してリーマスは窓に向かい、もう一度夜の中に手を伸ばした。遠い街で今も雪は降って、言葉を白く閉じこめ続けている。白い夜の中で道端に積み上げられた言葉を丁寧に選り分ける自分の姿は、想像するというよりも記憶を探るかたちに似ていた。頬や髪の先を掠めて流れる雪の、その温度や色。
「静かだねえ」
リーマスの背後でぱらりと音を立ててページが繰られる。
「嫌がらせのつもりか?なかなかに効果的であることは認めよう」
「夜だねえ」
「・・・」
「冬だねえ」
「・・・」
「雪だねえ」
「いい加減にしろ!毒を盛られたいか!」
「あはは、君は怒ってばっかりだねえ」
からからと笑うと、また後ろから不穏な言葉が聞こえた。毒を盛られるのも呪われるのも遠慮したかったので、リーマスは静かに手を引いて窓を閉めた。鍵を閉めようとして指先がかじかんでいることをあらためて思い知る。うまく使えない指で苦労して鍵を閉め、それから冷えた手をこすり合わせて暖めながら振り返った。紅茶がほしいな、と言うと、ミルクの代わりに縮み薬を入れてやる、と睨まれたので、リーマスは笑って前言を撤回した。指先の感覚が戻ったら、自分で淹れます。
黒い瞳の教授は不機嫌そうな顔でぶつぶつと何かを呟いている。聞いて幸せになれるような類のことではないことだけは明らかだ。火に照らされた部屋の端に立って、リーマスは手探りで背後のカーテンを閉めた。冷たい気配が指先を伝って滑り落ち、ふわりと足を包む。見ずとも分かる。窓の外には夜と雪。窺うようにちらりと向けられた目に笑みを返して、リーマスはカーテンの端をぎゅうと握りしめ、それからゆっくりと手を離した。