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きずあとの話をしよう

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プロイセンの身体には醜い醜い傷痕がある。
右肩の裏、肩甲骨からわずかにずれた辺りに引き攣れた皮膚がでこぼこと波を
うってところどころ豚の皮の様なピンク色を覗かせている。
一番深く抉れた部分には火薬が残ったのか薄皮を透かす黒い影が2箇所。
肉の弾けた軌跡は右肩を上り、放射状に白い筋を引いていた。
触れるのも躊躇う程の醜いそれ。
今日は、その傷痕の話をしよう。










「帝国様!どこにいかれます!」
「お一人なんて危険でございますっ!帝国様!」
誰かライヒを追って、と女官たちの叫び声が背中に追いすがり、近衛を呼ぶ声が悲
鳴のようだったが、俺は足を止めずにところどころ破壊の跡が残る宮殿を駆けて勢
いのままトンガリ帽子の木を横目に庭園を走り抜けた。
庭の運河沿いを少し行って直角に曲がればそこはすぐにヴェルサイユの広大な森
で、子供一人を隠すのは緑色の団栗を見つけるより易しい。
夕暮れの空を伸びやかに育った木々の枝が覆い、いち早く夜のカーテンを引いてい
た。草を踏んでエニシダをかき分けて足がもつれても、走る。

紋章の彫られた止め具を外し、ずっしり重いマントを湿った地面に敷いて腰を下ろ
した。本当はマントだって汚したくはなかったけれど、純白の礼服と秤にかければ
やむを得ない気がした。後から思えばどちらも同じ事だったが。
座り込んで息が整うのを待っているうちに、呼吸とは反比例して感情の波はざわざ
わと高くなっていた。




戴冠式からもう3日も祝宴が続いていた。皇帝と共に主賓に数えられるのは当然だ
ったので特別楽しくもないが逃げ出すほどじゃなかった、……筈だった。ところが、
戴冠式の翌日から始まった終わりのないパーティーにプロイセンの姿はなかった。
聞けば、18日の夜には後続部隊の視察に出立しそのままパリの完全占領の指揮取り
に行ってしまったと言う。
戦争は終わっていないのだから仕方ないとは思えなかった。自分に一言二言告げる
手間を惜しむような戦局ではないし、第一先日の戦まではプロイセンの隣に馬を並
べていたのに。
「大体、プロイセンがわざわざ行く必要なんてないんだ」
深い森が隠してくれるのをいいことに、この3日間ずっと胸にため続けていた不満
をぼろっと溢す。一度溢すと箍が外れ、次から次へと愚痴が口をついてそれを止め
る術を俺は持っていなかった。
「今まであんな大人だけのパーティーに一人で放り出したりしなかったのに」
時には手を引き、時には翻るマントの裾を握らせてくれた。今のように、プロイセ
ンと肩が並ぶ背丈に成長してからは彼の右隣半歩後ろが定位置で、主に仕える
騎士であるかの様な誇らしさを密かに感じられていたのに。
「なのに今回は黙って出ていくし、皇帝も宰相もみんな何か態度が違うし」
膝を抱えて顔を埋めるともやもやと燻っていた不満が、火種を蒔かれたようにどん
どん熱を増していく。
金の複雑な刺繍と紋入り釦の大礼装は着慣れなくて動きづらいし、一番手にしっく
りきていたプロイセンのくれた剣ではなく、煌びやかな装飾の鞘と宝石の埋め込ま
れた柄の式典用の剣を腰にさしているのも気に食わないし、みんなが「帝国様」と
いう呼称で呼びだしたのも正直言って居心地が悪かった。
「俺は今までとおんなじでいいんだ、プロイセンがいてくれてみんな必死に
 戦わなくたって幸せに暮らしていたじゃないか、なのに……、」
「こら、ちび」
ぶつぶつと愚痴を垂れ流していた口を止めて、突然かけられた声に顔をあげた。
警戒なんてする必要はない。生まれた時から誰よりも耳に馴染んだ声だ。
あげた視線の先では深いブルーの軍服姿のプロイセンが腰に両手を当て、俺を見下
ろしていた。
「プ、プロイセン?」
「他に誰に見えるっつーんだ、言ってみな」
「だ、だってプロイセンは指揮所に行ったって聞いた」
「パリ攻囲戦の指揮所だぞ?お前がいるココはどこだ?」
「……ヴェルサイユ……パリだ」
そういうことだ、とプロイセンは口唇を片側だけあげるやり方で笑って、ポンポン
と俺の頭に手を乗せた。乱れて煤だの油だのの汚れを付けたままの姿は、帰還
早々何をおいても自分を探しに出てくれたことの証明のようで、嬉しかった。
だがこちらにもまず何をおいても問い質すべき一言に食いついておく必要がある。
「さっきのちびって誰のことだ」
「なんだ自覚ないのかおちびさんは」
「俺はもうそんな幼くない。貴方と背だって変わらない」
「プレッシャーに負けて逃げて隠れて踞って泣いてるヤツがガキじゃないって?」
そりゃ新しい辞書が必要だな!大袈裟な身振りで話す姿にさっき感じた嬉しさなど
吹き飛んでしまった。
「泣いてない!」
「はいはい泣いてねぇよな、目にゴミが入っただけだよな」
完全に幼子をあやす言い方をしてプロイセンの手が立ち上がるのを促すように俺の
肩と二の腕に添えられ、すこし力を入れらたので俺はその手に身体を預けるように
体重をかけて立ち上がった。マントはプロイセンが拾い上げた。
「あんま女官たちに心配かけんじゃねぇよ。野郎はいいけどな別に」
「………」
「で、お前の用事は済んだのか?だったらそろそろ戻るぞ」
「………怒らないのか?」
ぱんぱんと俺の服をはたき、マントをばさっと広げて「こっちはダメだな」とくし
ゃくしゃにして腕に抱えたプロイセンは何も問う様子がない。
「なんでここにいたのかとか、聞かないのか?」
「へ?………ぶっ」
情けないそれでもライヒかと叱咤されることを覚悟して自分から切り出したという
のに、プロイセンはそんな俺を振り向くと、一瞬目を丸くした後に今度は容赦なく
噴き出して品のない笑い声を森に響かせた。腹を抱えてさも可笑しいと笑われて
いい気分になる者などいない。俺もそうだ。何で笑うんだとこっちこそ問い詰めよ
うと口を開きかけたところでプロイセンは無理くりに笑いを収めて、ばかだなと
いった。
「新しい名前を与えられたばっかで戸惑っただけだろ?しかもそれがとびきり
 重いときた。お前はそんなナリでもまだ50年も生きてないんだから、そりゃ
 逃げたくもなるだろうさ」
プロイセンは簡潔に言い切った。
戸惑って逃げたのだと言われれば違うと答えたい。
俺は俺に冠された重い名前にも戦の終わらない街で祝宴ばかりの首脳達にも、この
戦の結果が今までより幸福な結末に終わるのかにも疑問を感じていたんだ。ずっと
考えて、でも分からなくて、それで…。
「あと俺が置いてけぼりにしたから寂しかったんだろ?」
寂しかった。そうなのかもしれない。
によ、と笑うプロイセンの言葉はぴたりと俺の胸の空白の形を埋めた。
一人にされて寂しくて、置いていかれて拗ねていたのかもしれない。
そう言われればそうなのだろうと思えてしまって、俺は言葉を詰まらせて黙り込み、
急に自分がとても幼稚なことをしたのだと自覚して恥ずかしさを覚え顔を俯けた。
「そんな奴を叱れるもんかよ」
表情は見えなかったけれど、きっとプロイセンはにやにや顔に4割くらいの慈しみ
を綯い交ぜにした彼一流の慈愛の顔をしていたんだろう。たまに見るあの表情が
小さい頃から俺は一等気に入っていた。