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08.冷めたコーヒー

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 2月の新浜は寒い。生身であるトグサにとっては、少々辛い季節である。
 無意識のうちにコートの前を掴み、肩を聳やかしながら、トグサは路傍にとめていた愛車の下へ速足に向かっていた。
 本日昼過ぎに外務大臣の別宅に爆弾を仕掛けたとの犯行声明を受け、その捜索および調査を行った帰りである。警察と連携し調査に当たった結果、確かに爆弾は別宅に仕掛けられていた。庭に一つ、屋根の上に一つ。いずれも殺傷力はそこまで大したものではない型のもので、設置されていた場所といい、大臣の殺害より脅しを意図したものであると知れた。事実、大臣の身辺でも今のところは何事もなく、本宅のほうに動きもない。犯行声明の中にもテロを匂わせるような思想的な文面もなく、大臣に対する個人的な報復もしくは単なる悪戯という線ではないか、どちらにせよ大規模なテロに発展する事はないだろうという見解に落ち着き始めている。犯人の早急な発見は必要だろうが、取りあえずトグサが行っていた別宅の捜索は、爆弾を無事処理した今となれば既に不要であった。警察側に警備を頼み、現場を引きあげて、現在に至るのである。
「センパイ、今日は直帰するの?」
 へらへらと笑いながらトグサに声をかけたのは、調査に同行していたアズマだった。以前まではバトーとツーマンセルを組むことの多かったトグサだが、今はもっぱら教育係として新人のアズマと組まされている。
 トグサはアズマの言葉を受けて、ちらりと腕時計へ視線をやった。時計盤が示す時刻は午後9時過ぎ。今から帰れば少なくとも妻とは充分に語いの時間が持てるだろう。だが、トグサは首を左右に振った。
「いや、一旦9課のオフィスに戻る」
「えー、なんで? さっき部長は今日は直に帰っていいって言ってたじゃん」
 アズマが嫌そうに眉を顰めながら、抗議するように言う。トグサは面倒そうに自分よりも頭ひとつほど背の高い後輩へと視線を向けると、おもむろに手を伸ばして眉間をびしっとはじいた。
「いでっ!急に何するんだよ!」
「いや別に? 解り易くいやそーな顔をしてたもんだから」
「うわっひっでー!後輩いびり反対!俺はもう帰りたいんだっての!」
 大袈裟に痛がるアズマに溜息を一つ返すと、トグサはポケットに入れていた車の鍵を取り出した。扉を開き、中に乗り込みながら、唇を尖らせて拗ねるアズマを見やる。
「別に俺に付き合えなんて言ってないだろうが。お前は部長の言うとおり、今日は直帰でいいよ」
「マジ?ほんと?」
「ああ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
 嬉しげににへらと笑いながら、アズマが助手席の扉にかけていた手を離す。そのままトグサに背を向けるのかと思いきや、アズマはつかつかと運転席側へと回ってきて、好奇心を顔に滲ませながら身を屈めてトグサをじっと見つめてきた。
「てかさ、なんでトグサは戻るわけ? 折角奥さん子供とのんびり出来るってのに」
 おそらくアズマの頭の中には、不倫だとかそれに類似した単語が飛び交っているのだろう。言葉にせずとも、まるでスキャンダルを聞きつけた芸能リポーターのような表情が明確に物語っている。トグサは呆れた様子を隠しもせずに大きく溜息を吐いた。
「別にお前が面白がるような事情はないぞ。幾ら緊急性は無さそうな事件とはいえ何があるか解らないから、今日中に報告書をまとめておけって、さっき急に言われたの。お前じゃなくて俺に言う辺り、部長も解ってるっていうか……」
「なんだ、そんなことかよ。まあ、俺、報告書書くの苦手だからね」
「そんな事で威張るな」
「いやあ、センパイ、ありがとーございマス。でもってご愁傷サマ」
「どうも。ああ、そのぶん俺は明日遅れて出勤するぞ。部長には許可を取ってある」
「へえ、部長が?珍しいねえ。いいんでない?」
「だから、報告書が書けない現場大好きなアズマくんにはちょっとお仕事をお願いしておこうと思う訳だ」
「……えっ?」
 トグサはいったん言葉を切ると、にんまりとしか言い表しようがない、実に楽しげな笑みをアズマへと向けた。急な言葉にアズマの目が点になる。
「俺が明日出勤してくるまでに、別宅の再調査、よろしくな。警察側の警備を信用しないわけじゃないが、相手はプロと較べりゃヘタクソとはいえ大臣宅のご立派なセキュリティを誤魔化して侵入してるんだ。警察の目をごまかして侵入した挙句、今度こそ殺傷力の高い爆弾を仕掛けられないとも言いきれない。念には念をってやつさ」
「ちょっ、ちょっとトグサ」
「そうだなあ……俺は0900時には出勤するつもりだから、それまでにオフィスに帰ってこいよ。じゃなきゃ置いてくからな。お前も知っての通り大臣の家はばかでかい。朝っぱらから大変だろうが、頑張ってくれ」
「おい!ちょっと待ってくれってば!」
 思わずといった様子でアズマが叫ぶ。その後なにか言葉を続けようとしていたようだが、間髪いれずにトグサは追い打ちをかけた。
「なんだ、一度言われただけじゃ理解できないとか言わないよな?まがりなりにも9課に配属された新人なんだろ?」
「そ、そりゃあ言われてる意味は解るけど、そんなの警察にやらせりゃいいじゃねえか!」
「何事も自分達で確認していくのが一番なんだよ。そういうわけで、この話はこれで終わりだ。それじゃあ俺は本部に戻るから、また明日な」
 理解はしているものの感情は追いついていないのか、未だ茫然とするアズマの肩をトグサが押した。2,3歩たたらを踏んで、アズマが車から離れる。それからトグサはおざなりに手をひらひらと振ると、車の扉を閉めてエンジンキーを差し込み、まわした。唸るような音と共に車が起きる。
「ちょ、ちょっと待てって!トグサ!おおい!」
 ようやくアズマは意識を取り戻したようで、何やら外でぎゃんぎゃん喚いていたが、トグサは気にせずアクセルを踏み込んだ。見る見るうちにルームミラーに映ったアズマの姿が小さくなっていく。
 視線を前方に戻し、トグサは不意に小さく震えた。発進と共に一応暖房を入れたものの、数時間も外で放っていた事もあり、すっかり冷え切っていた。吐く息も白い。
(端末T5よりCPU。本日の調査は終了、これより9課オフィスに戻る)
(了解。お疲れ様です)
 必要とあらば氷点下の中でも張り込みを続けるくらいの気概はあるつもりだが、必要としていない時にまでやせ我慢をするほど、トグサは自分に対してむやみやたらに厳しくはなかった。本部に電通を送りながら、暖房の設定温度を見やるために視線を下げる。と、未開封のまま放置されている缶コーヒーが視界に入った。調査に行く前に寒さを紛らわすために買ったものの、飲むタイミングを逸したままだった事を今更ながらに思い出す。ハンドルから片手を離し缶を手に取ると、当然ながら熱を失ったそれは外気と同じように冷たかった。眉根を寄せてドリンク置きに戻し、暖房の温度設定を弄る。送風機から先程よりもさらに熱を孕んだ風が吹き始めた事を確認してから、離していた手を戻し、トグサは車内よりも暖かいはずのオフィスに戻る事だけに専念した。
作品名:08.冷めたコーヒー 作家名:和泉せん