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08.冷めたコーヒー

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 9課のオフィスがあるビルの中は、外の寒さが信じられないほど程よい室温に保たれていた。
 トグサは意識せずほっと息を吐き、未だ冷える指先を擦り合わせながら、人気の少ない廊下を進んでいた。あれから夜食を買いにスーパーによってあれこれ見ていた事もあり、時刻はちょうど午後10時を回る頃である。トグサは片腕にビニール袋を提げ、手には先程の缶コーヒーを握っていた。温かな空間のなかで、異質な存在であるかのようにその缶は冷たい。正直飲みたいとはあまり思わなかったが、未開封なだけに捨てるのは勿体なかった。
 体があったまりきったころにでも飲むか、とぼんやり考えながら、メインルームに続く扉を潜る。そして目を丸くして、ひとつ瞬かせた。
「あれ、センパイ、なんで居んの?」
「なんでって、そりゃ仕事してるからに決まってるだろうが。報告書書いてんの」
 時間もあって誰もいないと思われていたメインルームには、不機嫌そうに口をへの字に曲げながらコンソールとにらみ合っているバトーが居た。思わずトグサが問いかけると、憮然とした様子で応えが返ってくる。大方、バトーも荒巻に報告書を上げておけと言われたのだろう。トグサは肩を竦めると、自分に割り当てられているデスクに歩み寄った。
「お仲間ってことか」
「なんだ、お前も部長に言われたクチか?」
 案の定というべきか、バトーの口から出てきた名前に頷く。
「明日はちょっと遅出になってもいいから、今日中に報告書を仕上げろだとさ」
「なに? 遅出? オレぁんなこと言われなかったぞ」
「センパイはサイボーグ、俺は生身。そういうこと」
「立派な人種差別じゃねえか。あの猿親父、今度訴えてやる」
「まあ精々頑張って。裁判の時は証言くらいはしてやるよ」
 普段通りの適当な会話をしながら、デスクの上に荷物を置いた。コートを脱いで背もたれへと放ってから、椅子に腰かける。不意に思い立っておもむろに両手を2,3回握ったり開いたりしてみると、先程までは寒さで関節が軋んでいるようだった指も、随分とスムーズに動くようになっていた。
「お前、もしかして今日は泊まり込みか?」
 トグサが来た事で休憩にでもしようと思ったのか、バトーは立ちあがり、トグサのほうへ歩み寄って来た。デスクの上に置かれたスーパーのビニールに目線を向けながら、バトーが尋ねる。中に入っている夜食に気付いたのだろう。
「どうせ終わるとしても深夜になっちまうだろ。そんな時間に帰ったって、嫁や子供の邪魔にしかならないからな」
「わざわざ親父が遅出で良いって言ってるんだぜ? こっそり帰ればいいじゃねえか」
「うちの子は物音に敏感なんだよ。で、娘が起きると嫁まで起きちまう。ま、代わりに仮眠室できっちり出勤時間まで爆睡させてもらうさ」
 と、不意にトグサが肩を大きく聳やかした。何事かとバトーが見やると、その瞬間に「ぶえっくしょい」とトグサが大きくくしゃみをした。ずずっと鼻を啜りながら、デスクに備え付けてあるティッシュを掴む。
「なんだよ、風邪か?」
「まだ風邪って程じゃない。今日はかなり寒かったから、体がまだちょっと冷えてるだけだ」
 トグサが鼻をかんだティッシュをゴミ箱に投げ捨てる。綺麗にゴミ箱に収まったそれを見送りながら、バトーは肩を竦めた。
「生身ってのは不便なもんだな」
「バトーだって、感じようと思えば寒さを感じられるんだろ?」
「出来るが、わざわざそんな事するわけねえだろうが。寒い」
「だよなあ。俺もこういう時は、いっそ義体化しちまった方が楽だとは思うぜ」
「義体も良い事尽くしってわけじゃねえがな。……取りあえず、その缶コーヒーでもさっさと飲んで温まったらどうだ?」
 バトーは顎をしゃくるようにしてデスクの上に鎮座している缶コーヒーを指す。トグサが良く飲む銘柄のそれは、バトーにも見慣れたものであった。だがトグサは首を左右に振ると、それを持ち上げてバトーへと手渡した。
「ほい」
「なんだこりゃ、なんでコールドドリンクなんて買ったんだよ。お前、寒い日でも冷たい飲み物じゃないと嫌な主義だったか?」
「いや、それ、元ホット。放っておいたら冷めちまっただけ」
「なら新しいの買えばいいだろう」
「だって勿体ないだろ?開けてあったならまだしも、まだ一口も飲んでないんだし」
 トグサがそう主張すると、バトーは呆れたような顔をしてトグサを数秒見下ろした。てっきり「そりゃそうだが、馬鹿じゃねえか」などの言葉が返ってくるものだと思っていたトグサは、その沈黙の意図が掴めない。黙って相手の言葉を待っていると、不意にバトーがトグサの頭を軽く叩いた。
「って!」
「ちょっとそこで待ってろ」
「は?」
 バトーはそれだけ言い捨てると、すたすたと背中を向けてメインルームを出ていってしまった。ちなみに缶コーヒーはバトーによって拉致されたままである。初めの数秒間ほどは扉をぽかんと眺めていたトグサだが、ぐうと腹が鳴った事を切っ掛けに正気を取り戻した。取りあえずは夜食を食べようと、スーパーで買ってきた弁当を取り出す。買った時にスーパーに備え付けてあったレンジで温めておいたので、その弁当はまだ僅かなぬくもりを残していた。
 ちょうど弁当の蓋をあけ、わり箸を割ったころに、再び扉が開く音がした。誰か確かめるまでもないが、一応顔を向けて見る。案の定、バトーだった。
「おかえり」
「ほらよ」
 挨拶の返事も無しに、急に何かを投げられる。反射的に手を伸ばし、それを掴んだ。が、熱い。突然感じた予想外の熱に驚き、思わず一度は手にしたそれを床に落としてしまった。
「なにやってんだ、お前」
「あのなあ、物は投げるなって幼稚園の先生に教わらなかったのかよ」
 呆れる大男へきっちり文句を言ってから、床に落ちたものを拾い上げる。それはトグサが好きな銘柄の缶コーヒーだった。今現在もバトーの手に拉致されたままのものと同じ銘柄である。
「なあ、バトー。これ」
「別にお前のためじゃねえ。俺がちょうど冷たい缶コーヒーを飲みたかったんだ」
「それで、代わりにこれを買ってきてくれたわけ?」
「等価交換ってやつだ。俺は泥棒でもなけりゃ盗賊でもねえからな。人のものを貰う時は、ちゃんと対価を払うってだけだ」
「なるほどね」
 つらつらと言うバトーに、トグサは一つ尤もらしく頷いた。その口元は緩んでいる。バトーの不器用な気遣いや照れ隠しがこそばゆく、妙に可愛らしく思えた。もちろん、筋骨隆々な大男に不釣り合いな言葉である事は重々承知している。だが、この時トグサがバトーへ感じた思いは『可愛らしい』と表記するほかないものだった。
「それなら交渉成立だ。俺もちょうど温かいコーヒーが飲みたかった。サンキュー、センパイ」
「そりゃあよかった」
作品名:08.冷めたコーヒー 作家名:和泉せん