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08.冷めたコーヒー

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 言いながら、バトーはプルタブを開けて一気に缶コーヒーを飲んだ。ぬるいを通り越して冷えていたコーヒーは、不味いとまでは言えずとも、美味いものでもないだろう。トグサは未だに浮かんでくる笑みを抑えながら、相手に倣うようにプルタブを開けた。流石に此方は熱いので、一気に飲み干す事はできない。ちょびちょびと温かいコーヒーを嚥下していく。体の芯からあったまっていく感覚が何とも心地よい。笑みとはまた違う風に顔が緩むのが解る。
「ああ、生き返った。ほんとありがとな」
「礼を言われるような事じゃねえよ。お前に風邪でも引かれた日には、あの馬鹿の面倒をみる奴がいなくて困るからな」
「たまには『大先輩』が面倒見てくれたっていいんじゃねえの? 畑は違っても軍属だったってのは同じなわけだしさ」
「9課に入っちまえば、元が軍属だろうが刑事だろうが変わりはねえさ。それに、俺は先輩としてお前の面倒見ただろう。こういうのは順番なのだよ、トグサくん」
 にまにまと人の悪い笑顔を浮かべてバトーが言う。トグサは口を尖らせながら、半分以上飲んだコーヒーを机の上に置いた。割り箸を手に取り、放っていた弁当に手を着け始める。
「でもイシカワは古参のくせに新米見てるぜ?」
「あいつはそういうのが好きなんだよ」
「それ、イシカワに言ってみろ。ふざけるなって怒鳴られるぞ」
「事実を指摘して怒鳴るようじゃ、あいつの度量も知れるってもんだ」
「よく言う」
 そうした軽口をたたき合いながら、合間にご飯やエビフライなどを口に運び、咀嚼し、飲み下す。意識していなかったが、随分と空腹であったようで、予想していたよりも箸の進みは早い。空だった体にエネルギーが補充されていくような気分だ。あっという間に空になった弁当へ、トグサは手を合わせて「ごちそうさま」と小さくつぶやいた。その声は満足感にみちている。
「お前、よほど腹が減ってたんだな」
「俺もびっくり」
 僅かにぬるくなってきていたコーヒーを一気に飲み干してから、トグサは大きく腕を伸ばした。それから時計を見る。時刻は午後10時30分ジャスト。今から報告書を書きだすとして、何時頃まで起きる事になるだろうか。
「取りあえず、俺はそろそろ報告書を始めるわ。センパイこそ、終わらせないと帰れなくなるぜ」
「そんときは俺も泊まり込むさ」
「あんたみたいな大男が居たら、あんま広くない仮眠室がより狭く感じられそうだな」
「安心しろ。寝れないなら添い寝もしてやるし、朝勃ちしてたら咥えてやるさ」
「いらねえよ。目覚めが最悪になる」
 バトーの冗談を流しながら、トグサは邪魔だといわんばかりにひらひらと手を振る。バトーもそれ以上なにもいわずに、肩を竦めて自分のデスクに戻って行く。僅かに遠い所にあるデスクにバトーが座ったのを見やると、トグサは目の前のコンソールの電源を入れ、報告書作成に意識を集中したのであった。

作品名:08.冷めたコーヒー 作家名:和泉せん