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繋いだ手は

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まさに小春日和。
冬の厳しい寒さも幾分が和らぎ、肌に当たる空気にも暖かさが交わり始めた今日この頃。
そんな陽気の中を、中学生にしか見えない少年とホスト風の青年は歩いていた。
「いい天気だねえ」
何とは無しにファーのついた黒いコートを羽織った青年が呟いた。
「そうですね」
そして隣を歩いている童顔の少年がそれに答える。
端的な返答にはあまり感情が込められておらず、ただ言われたから返した、それだけの反応だった。
些か冷たささえ感じられる。
だが青年はそれに嬉しそうに笑うと、ポケットに入れていた手を取り出し、極々自然な動作で少年の左手を掠め取った。
「冷たいね、帝人君の手」
「…当たり前でしょう。臨也さんみたいにポケットに手、入れてた訳じゃないんですから」
「それもそうだ」
「分かってるなら、いちいち訊かないで下さい」
「はぁい、ごめんなさーい☆」
「………甘楽さん口調はやめて下さいと、どれだけ言えば…」
「あはは」
今日の清々しい青空をそのまま体現したかのような、実に爽やかな笑い声を上げ、臨也と呼ばれた青年は握った手を軽く揺らした。
ゆらゆらと二人の間で揺れる手は、徐々にお互いの熱を共有してゆく。
ゆっくりとした速度で段々と。
「………」
己の熱が隣の少年の手に浸透していくのを感じながら、折原臨也はうっそりと目を細めた。
もっと伝わるようにと、やんわりと握る力を強めながら。
その様子を少年が横目で見ているのを気づかぬまま。




そうして手を繋いだまま歩くこと数分後、目的の場所、臨也の住むマンションが見えてきた。
繋いだ手はもうすっかり温かく、冷たさなど感じる隙間もなかった。
そんなお互いの手を緩く、だがしっかりと繋ぎつつ、臨也が帝人を覗き込んだ。
「…帝人君、寒くない?大丈夫?」
「ええ、はい。大丈夫ですよ」
青年の赤みがかった瞳が気遣うように少年を見やる。
底が知れない青年の視線を受けながら、やんわりと答えを返せば青年が再び笑みを零した。
「そうか、良かった。でもさぁ…帝人君」
「はい?」
「…こんな街の往来で男同士、手を繋いで歩いてるだなんて、変な目で見られちゃうだろうね」
――きっと。
まるで作り物のように綺麗に吊り上げられた口元から吐き出された言葉は、その言葉の意味とは裏腹にとても楽しげに、それはもう楽しげに落とされた。
「……ええ、そうですね。でも、今更じゃないですか」
「それもそうだね。うん、今日が初めてじゃないもんね」
何が可笑しいのか段々と喜色を増していく声色に、帝人は呆れたように溜息を漏らした。
臨也の笑みは深まるばかり。
そうこうしている間にマンションのエントランスに着くと、臨也はカードキーで扉を開け、豪華ながらも落ち着いたホールを抜けて、エレベーターへと向かった。
その間にも手は繋いだまま。
よく磨かれた大理石の床が二人分の靴音を響かせ、静かなホールに音を落とした。
臨也のすらりとした指がエレベーターの呼び出しボタンを押すと、二人の間に静寂が落ちる。
だがその静寂も僅かなもので、臨也が発した言葉によりすぐに打ち消された。
「ねえ、帝人君。君は俺がどういう人間なのか本当に理解しているのかな」
疑問系なはずなのに、完結しているかのような矛盾した言葉が投げかけられる。
帝人は黙ったまま、臨也の顔を見上げると、静かに口を開いた。
「……ええ、分かっているつもりですが」
「本当に?」
それに間髪入れずに臨也が口を挟む。
「本当に理解しているのかな?帝人君。君は俺の表面的な所しか分からないんじゃないの?それって理解してるっていうのかな?いや、別に全てを理解していないことが悪いとは言わないよ。だってそうだろう?それこそエスパーでもない限り裏で何を考えているかなんて、予測でしか分からないじゃないか。だから俺はそれを責めるつもりはないよ。でもね、帝人君」
と、そこで長ったらしい言葉を切ると、臨也は帝人に顔を向けた。
冷たささえ孕んだ瞳は感情を感じさせず、先程笑っていた顔が嘘のように、顔からは表情が抜け落ちていた。
無表情なその顔が言葉を紡ぐ。
「なら、その『裏』を見せてしまったらどうなるのかな?」
抑揚もなく呟かれた言葉に、しかし帝人は黙ったまま臨也の言葉を聞き続けた。
「君は軽蔑するかな。後悔するかな。悲しむかな。怒るかな」
「…………………」
「……離れるかな」
最後に紡がれた言葉は小さく、彼にしては弱々しく伝えられた。
握られた少年の手に、微かに力が篭められる。
「…俺の行動は純粋な優しさなんかじゃないよ。帝人君が思っているよりも、ずっとずっと浅ましい。何時だって君を独占したくて支配したくてたまらない」
だから手を繋いで温めるのも、純粋な優しさでも気遣いでもない。
ただ帝人君を感じて、繋ぎ止めて、他の奴等に見せ付けたいから。ただそれだけ。
――なんて最低な。
他にも、全部、全部…そんな感情ばかりが駆け巡る。
「…もうどうしようもないんだ。帝人君。好き、好きだよ。大好き。愛してる。訳が分からないくらい好きなんだ。ずっと傍にいてよ、愛してる。帝人君」
「はい、ストップ」
けして大きくはないが、有無を言わせぬ力強い声が、臨也の言葉を遮った。
帝人は握られていない方の手を臨也の頬に添えると、先程と変わらない真っ直ぐな視線を送る。
「…言葉を多く紡ぐのは貴方の癖ですが、もうやめて下さい。もう、充分に分かりましたから」
静かに言うと、そのまま指で臨也の目の端をするりと撫でた。
「確かに臨也さんの言う通り、相手の考えなんて予測でしか分かりませんが、それを伝えられた所で離れませんよ」
「……」
「貴方を好きになった時点で『そういう覚悟』は出来ていますから」
――だから、大丈夫ですよ。見くびらないで下さい。
そう言って帝人は柔らかく笑い、臨也の手をそっと握り返した。
「…………」
対する臨也は閉口したかと思うと、固まり、そして動かなくなった。
「……」
「……」
「……ええ、と」
「……」
「臨也…さん?」
流石に帝人も不安になったのか、恐る恐る臨也を覗き込むと、控えめに声をかけた。
が、次の瞬間
「あーーーーー!もうっ!」
「っ!?」
急に顔を上げたかと思うと、臨也は帝人の腕を引っ張り、いつの間にか来ていたエレベーターに飛び乗った。
そして手早く自分の階を押すと、帝人の体を壁に押し付け、抗議の声を飲み込むかのように帝人の唇に噛み付いた。
「――んんっ!?」
あまりに急な出来事に帝人が動揺していると、その隙に臨也は熱い舌を口内に侵入させ、奥に引っ込んでいた帝人の舌を絡め取り、容赦なく吸い上げた。
「…ふぅ…っ!んぁ…あ…いざ、や…さ」
帝人の言葉など聞かずに、舌を絡ませ続ける臨也。
そのあまりにも性急な口付けに肩を震わせると、優しく歯列をなぞられ、更に体が震えた。
「ん……ふぁ…ぁっ」
お互いの熱い吐息と、微かな水音が狭いエレベーター内に反響する。
あまりに激しい口付けに、口端から唾液が伝うが、息苦しさと快楽の熱に翻弄されている帝人にはそんなことは関係なかった。
ただただ臨也の熱い舌の動きを追うのだけで精一杯。余裕などなかった。
作品名:繋いだ手は 作家名:鷲垣