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勇者の遺物

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勇者の遺物ーーー
それは、古の勇者が遺したとされる、現代の魔法では解析できない謎の物質。
敵に対して絶大な威力を誇る武器であったり、便利な家庭の道具であったり、多種多様である。
その全容は謎に包まれていて、現代を生きる我々はただその存在に感銘を受けるのみである。
勇者の遺物を持ちその恩恵に与る者達でさえ、全てを理解して使っている訳ではない。
そして勇者の遺物は各地に散らばっており、今なお新しい発見が生まれる。
絶大な力を持つ勇者の遺物。それを知るものは自分が手に入れることに躍起になり、他の者と牽制しあう。
それが己の裁量に有り余るものだと気づかずにーーー


ミラン・フロワードは首を傾げていた。
「・・・」
彼の目の前にあるのは、ライナ・リュートが異国より持ち帰った勇者の遺物。遺物は厳重な警備によりローランドに持ち帰られ、今こうしてフロワードの前にその姿を現している。
形状は、どうみても手鏡だった。柄の部分が何で出来ているのかはよく解らないが、丸い鏡が天井を映し出している。
しかしただの鏡ではない。
フロワードは鏡を手に取った。
鏡はフロワードの後ろの壁は反映するが、フロワード自身を映し出すことはない。
「人間を映さない鏡・・・」
それでは鏡の意味を成さない。この遺物は何のために作られたのか、フロワードは非常に興味をそそられた。
と、その時、ローランド国王であるシオン・アスタールがノックをして研究室に入ってきた。
「どうだ?フロワード。何か解ったか?」
「いえ・・・ただ、この鏡は人を映さないようですね」
本棚に資料を戻し、フロワードは主を出迎えた。
「お手をお取りください」
「ん」
シオンは手鏡を手に取る。
「なんだこれ。後ろの壁や本棚は映すのに、俺が映っていない・・・」
シオンはまじまじと鏡を見つめた。
「私も手に取ってみましたが、同じように私を映す事はありませんでした。・・・形状からみると女性用のでしょうし、誰か女性が手に取るとまた違った結果になるのかも知れませんが・・・憶測にすぎません」
勇者の遺物はどんな威力を持っているのか解らない。下手に触って怪我をする前に、様々な書物でこの遺物について記載がないか探してもみたが、全く見あたらなかった。
「試してみる他ありませんね。もうしばらくお時間を頂けますか?」
「あぁ、それは構わないがーーー」
シオンは手鏡を台の上に置き、その女性は危なくないのか?と言いそうになるのを堪えた。フロワードは目敏く察して、何を考えているのかわからない微笑みを浮かべた。
「お優しいですね。流石陛下。恋愛対象外の異性でもお気遣いになられるとはーーー」
「だから誤解だって!」
以前フロワードがシオンと女性を関係を持たせようとして計画をしていた事があった。フロワードの息のかかった女性達がシオンとお見合いをし、うんざりしたシオンが言いくるめられそうな女の子を寝室へ連れていった。もちろん子供を作るためでなく、適当にはぐらかすつもりで。
しかしタイミング悪いことに、寝室には既に先客がいて、しかもその先客というのが女装をした半裸状態のライナでーーー
それを見て半泣きで逃げ出してしまった女の子は上司にありのままを報告したのだろう。次の日、深刻な顔つきになったフロワードが現れたときは意識がぶっとぶかと思った。
フロワードは静かに首を振り、いいのです、と小さく言ってから言葉を続けた。
「趣味は人それぞれーーーそのような趣味を持つ人間がいることは理解しております。その程度の趣味で陛下の輝きが損なわれるわけではありませんし、世継ぎさえお作り頂ければ何の問題もございません」
「だから誤解だってぇぇぇ!!」
シオンは頭を抱えた。
「お前は何を言えば俺が同姓愛者じゃないと納得するんだ!?」
「お世継ぎをお作りいただいた時には」
「このやろおおおおぉぉ!」
フロワードは完全に誤解した顔で神妙に言う。
「少々おかしいとは思っていたのです・・・陛下の側にいる人物は、皆異様に顔の整った者ばかり。クロム元帥やカイウェル少将・・・陛下の好みの広さには驚かされるばかりです」
「やめろって気持ち悪いから!」
ついクラウやカルネと自分の恋愛シーンを脳裏に浮かべてしまい、シオンは吐き気を催した。
フロワードは若干驚いた顔になる。
「おや、あのお二人は好みではないーーーむしろ同姓愛者という訳ではなく、ライナ・リュートしか頭にないと?」
「それも絶対にちがーう!!」
「仕方ありません。彼似の女性を見つけるしか手だてがありませんか・・・」
人の話など全く聞かないフロワードに、シオンはもう何も言う気力が起きない。
「いやだから誤解だから・・・」
誤解されたままの状態でいて欲しくなく、シオンはフロワードの両肩をがしっと掴む。するとフロワードは異常に驚き、珍しく声を荒らげる。
「わ、私にはその様な趣味はございませんよ!?」
「だぁぁぁぁああああ!!!!」

「まぁ冗談は置いておきまして」
「冗談!?今の全部冗談だったのか!?」
シオンが青筋立てて怒鳴ると、フロワードはこれまた珍しく柔らかく微笑んだ。
「顔色の優れない陛下をからかってみましたが・・・大分血色が良くなった様で、安心いたしました」
なんて健気なことを言う部下に、シオンはもう何もいえなかった。
「ははは・・・俺の部下はみんな俺思いで嬉しいよ・・・ははは」
フロワードは残念そうに息をついて、手鏡を覗き込んでみる。
「しかし・・・私が女だったら今この瞬間でも隙のあるときに襲ってしまうというのに・・・本当に残念です」
「じょ、冗談に聞こえませんよフロワードさん!?」
思わず敬語でつっこむ。
「・・・お前が女だったら・・・きつそうな美人なんだろうね・・・」
力つきたシオンは相手に合わせてそんな事を言う。なんとなく想像してみて、実物とあまり開きがないような気がして笑えた。
(まぁ悪くないんじゃないか)
もうやけっぱちなシオンはそんな事を思った。でも実際、女性的な線の細さを持つフロワードだから、本当に美女になりそうだなと思う。
その、瞬間だった。
「!!」
フロワードを映していなかった手鏡がフロワードの姿を映す。フロワードは驚きに目を見開く。
次いで手鏡はいきなり光を放ち、光を直接浴びているフロワードはきつく目を閉じた。
「フロワード!?」
突然起こった出来事にシオンは部下の名を呼ぶ。危ない光だったらフロワードが心配だ。しかし動くことも出来ず、その場に立ち尽くす。
光はどんどん大きくなっていって、シオンでさえ目を開けていられなくなった。
思わずきつく目を閉じる。
しかしそれは一瞬の出来事で、目を閉じたと思ったら光は消え失せていた。
強すぎる光に目はしばらく使いモノにならなかった。よく鍛えてあるが直接光を浴びたフロワードとシオンの目が回復するのはほぼ同時だった。
もやは何の光を灯さなくなった手鏡を台の上に置き、フロワードはほっと息を吐く。
今の光は何だったのか。やはり何か秘密があるに違いない。
真剣な面もちで鏡を見つめるフロワードだが、ふと違和感に気づく。
いつもより目線が低い位置にある。どうしたことかとシオンの方を見ると、シオンは驚きに目を見開いていた。
作品名:勇者の遺物 作家名:ハクヨウ