エキセントリック・カラー
この国は、まとわりつくような湿気と、空に立ちこめた暗雲と、まるで涙を流すようにシトシトとこぼれ落ちてくるガラス細工のような雨に支配されている。
テレビや映画でその風景を眺めただけでも、イギリス独特の空気の重みを思い出して嫌気が差すというのに、体感しなければならないともなれば拷問に等しい。
「これだからイギリスは」
世界大国アメリカは彼の屋敷の一室に陣取り、面白くもない仕事に不承不承、精を出していた。
屋敷の主は、現在外出中。
彼が自主創作した破格的な不味さのスコーンをアメリカに食べさせようとしたので、「今君に構ってる暇はないよ。仕事の効率下げたくないなら大人しくそこら辺でも散歩してくることだね」と追い出したばかりだ。
この屋敷の主でもないというのに我が物顔で言い放つことが出来るアメリカの尊大さに腹を立てながらも従ってしまうのがイギリスである。
そもそも、活動的なアメリカが長時間椅子に腰掛け書類とにらめっこしてるというのに、空気を読まず自分勝手な行動に出た彼が全面的に悪いのだ。
イギリスは今頃、この空と同じように味気ない黒の傘を片手に、肩を落として町を歩いているのだろうか。
アメリカはテーブルに手をつき立ち上がると、随分と少女趣味なレースのカーテンを開き、窓の外を眺める。
庭を見れば、彼ご自慢の調律が捕れたイングリッシュガーデンに目が行った。
色彩鮮やかな上に多種多様の花が庭中には揃っている。かといって、花同士が互いの存在を殺し合うような真似はせず、個々美しく咲き乱れているのは、この庭の主が花の種類から大きさ、色、バランス、相性、そんな物全てを計算して手入れを繰り返した結果だろう。
人工的に造られた庭園なのに、自然美を誇るその姿にアメリカは片側の口角だけ上げて、息をつく。
彼は見せかけが得意だ。
「本物」が手に入らない現実を紛らわせるように。
本物以上の物が自分にはあるのだと錯覚させるように。
彼はいつだって虚像製作に精を出す。
どうせ偽物なのだから、本物に近づけようとなんかせず、偽物であることを誇示させるようにすればいいのに。
「例えば、蛍光色の薔薇を植えるとかね」
この庭園の一角に、一輪でもそんな奇抜な花があれば、きっと、全てが台無しだろうけど、それでもアメリカは思う。
偽物は偽物らしく在るべきだと。
東洋の島国、日本はイギリスのことをツンデレだと称していた。
日本から輸入し、アメリカも先日やりこんだギャルゲーに出ていた少女達の中にも、その属性のキャラがいたように思う。
だけど、アメリカはそのキャラに全く興味を示さず、攻略どころか話しかけることもせずにゲームを終えた。
だって回りくどい。
好きなら好き、嫌いなら嫌いと言えばいいのに、何故、一言で終わることをああも複雑にしてしまうのか。
全く持って理解できない。
そんなことだから、無数の建前と無限の言い訳の中に隠された一欠片分の真実が、見逃されてしまうのだ。
その上彼は、そんな現実を嘆いて何かにつけて皮肉るのだから手に負えない。
気づいて欲しい思いがあるなら、欲しい言葉があるのなら、相手にわかるアプローチが必要だとアメリカは考えている。
そんな物なしに空気を読めとか、察しろだとか、個人の怠慢と我が儘でしかない。
だから、真実が見えても望むものがわかっても、アメリカがそれを彼に渡してやることはないだろう。
アンフェアは嫌いなのだ。
それにしてもなんて湿っぽいのだろう。
アメリカは乾燥機に入れっぱなしだった所為で皺だらけにくたびれたワイシャツを摘み、中に空気を入れるようにしてパタパタと動かす。
庭園を眺めることにも飽きて、大きく伸びをすると、首の骨をならしてからやたら滅多に細やかな装飾が施された椅子に腰掛けた。
「つまんないなぁ」
しかし、一度切れた集中力を取り戻すのは難しい。
このまま仕事を放り投げて自国に帰り、西海岸あたりで陽気に波乗りでもしようかなと背もたれに体重を掛けながら思う。ぎしぎしと悲鳴を上げる格調高い椅子をイギリスが見れば、きっと更なる悲鳴を上げていただろう。アメリカにとってはそんなこと、どうでもいい話だが。
「…………あ」
そして、本気でイギリスに仕事をなすりつけ帰ろうかと思っていたところで、この湿っぽい空気を吹き飛ばすような何かを敏感に感じ、体を前倒しにした。
声が聞こえた訳じゃない。
足音が聞こえた訳じゃない。
だけど、確かに迫る何か、感じる殺気に、今まで鬱蒼としたアメリカの気分が一気に晴れ上がり、高揚に胸が高鳴り始める。
「俺の蛍光色じゃないか」
ヒーローには必要不可欠なハプニング。
それを、たった一人で巻き起こしてくれる人物。
来る、と思った時には、イギリスご自慢の、豪華な飾りが施された重厚なドアが破壊されていた。
「great!!」
けたたましい轟音と共に、吹き飛ぶドアの木片を気にすることなく、明確な目的を持った侵入者がこの部屋に入り込んでくる。
あの細腕で一体どうやってドアを破壊したのかなんて理屈と手順はこの際、後回しだ。
窓から入り込む日の光に反射したそれが自分の喉めがけて突き出されてくるのを眼鏡の奥から確認したアメリカは、イギリスに語らせれば、「これはルイ王朝時代から……」と丸一日かかりそうな、押しつけがましい慈愛を見せる天使が四隅に描かれたティーテーブルを掴み、その侵入者へと投げつける。
反撃に、相手のフリルたっぷりなスカートが、まるで闘牛士の真っ赤なムレタのようになびいて、華麗に避けられた直後、ティーテーブルは壁にぶちあたって砕け散った。
「お見事!」
この緊迫した状況の中でアメリカは楽しげな声を上げ、手を2回ほど叩く。
それに、彼女の美しい眉目が歪み、高貴な光沢を称えるアメジスト色の瞳に新たな闘志が燃えさかるのを感じながら、突き出されたナイフを前傾しながら避けた。
そのまま床に手を突き、勢いを流すように前転してから、重し代わりのティーテーブルが消えたことで自由を得た、アメリカの部屋に置けば悪趣味だと鼻で笑われそうな金の刺繍が施されたカーペットを力任せに自分の方へと引き寄せる。
それに、体を反転させ、追撃しようとしていた彼女が足を取られ体が浮き上がり、むき出しになった床の上へと転倒した。アメリカは、そんな彼女の上から今引き寄せたカーペットを覆い被せる。
余裕があれば、古びたカーペットの所為で部屋中に舞い飛んだ埃に咳払いをしているところだろうが、今は捕獲が先決だ。
アメリカは、被せたカーペットの上から、彼女の体を捉えるようにのし掛かる。
しかし、その途端カーペットの一部が盛り上がり、まずいと判断した時には、彼女のプラチナブロンドと同じく妖艶な輝きを放つナイフが眼前に飛び込んできていた。体を大きくのけぞらせるが、間に合わない。それはアメリカの鼻先を掠めるように流れていく。
「……鼻が高すぎたようだな!」
「自慢の鼻なもんでね!」
テレビや映画でその風景を眺めただけでも、イギリス独特の空気の重みを思い出して嫌気が差すというのに、体感しなければならないともなれば拷問に等しい。
「これだからイギリスは」
世界大国アメリカは彼の屋敷の一室に陣取り、面白くもない仕事に不承不承、精を出していた。
屋敷の主は、現在外出中。
彼が自主創作した破格的な不味さのスコーンをアメリカに食べさせようとしたので、「今君に構ってる暇はないよ。仕事の効率下げたくないなら大人しくそこら辺でも散歩してくることだね」と追い出したばかりだ。
この屋敷の主でもないというのに我が物顔で言い放つことが出来るアメリカの尊大さに腹を立てながらも従ってしまうのがイギリスである。
そもそも、活動的なアメリカが長時間椅子に腰掛け書類とにらめっこしてるというのに、空気を読まず自分勝手な行動に出た彼が全面的に悪いのだ。
イギリスは今頃、この空と同じように味気ない黒の傘を片手に、肩を落として町を歩いているのだろうか。
アメリカはテーブルに手をつき立ち上がると、随分と少女趣味なレースのカーテンを開き、窓の外を眺める。
庭を見れば、彼ご自慢の調律が捕れたイングリッシュガーデンに目が行った。
色彩鮮やかな上に多種多様の花が庭中には揃っている。かといって、花同士が互いの存在を殺し合うような真似はせず、個々美しく咲き乱れているのは、この庭の主が花の種類から大きさ、色、バランス、相性、そんな物全てを計算して手入れを繰り返した結果だろう。
人工的に造られた庭園なのに、自然美を誇るその姿にアメリカは片側の口角だけ上げて、息をつく。
彼は見せかけが得意だ。
「本物」が手に入らない現実を紛らわせるように。
本物以上の物が自分にはあるのだと錯覚させるように。
彼はいつだって虚像製作に精を出す。
どうせ偽物なのだから、本物に近づけようとなんかせず、偽物であることを誇示させるようにすればいいのに。
「例えば、蛍光色の薔薇を植えるとかね」
この庭園の一角に、一輪でもそんな奇抜な花があれば、きっと、全てが台無しだろうけど、それでもアメリカは思う。
偽物は偽物らしく在るべきだと。
東洋の島国、日本はイギリスのことをツンデレだと称していた。
日本から輸入し、アメリカも先日やりこんだギャルゲーに出ていた少女達の中にも、その属性のキャラがいたように思う。
だけど、アメリカはそのキャラに全く興味を示さず、攻略どころか話しかけることもせずにゲームを終えた。
だって回りくどい。
好きなら好き、嫌いなら嫌いと言えばいいのに、何故、一言で終わることをああも複雑にしてしまうのか。
全く持って理解できない。
そんなことだから、無数の建前と無限の言い訳の中に隠された一欠片分の真実が、見逃されてしまうのだ。
その上彼は、そんな現実を嘆いて何かにつけて皮肉るのだから手に負えない。
気づいて欲しい思いがあるなら、欲しい言葉があるのなら、相手にわかるアプローチが必要だとアメリカは考えている。
そんな物なしに空気を読めとか、察しろだとか、個人の怠慢と我が儘でしかない。
だから、真実が見えても望むものがわかっても、アメリカがそれを彼に渡してやることはないだろう。
アンフェアは嫌いなのだ。
それにしてもなんて湿っぽいのだろう。
アメリカは乾燥機に入れっぱなしだった所為で皺だらけにくたびれたワイシャツを摘み、中に空気を入れるようにしてパタパタと動かす。
庭園を眺めることにも飽きて、大きく伸びをすると、首の骨をならしてからやたら滅多に細やかな装飾が施された椅子に腰掛けた。
「つまんないなぁ」
しかし、一度切れた集中力を取り戻すのは難しい。
このまま仕事を放り投げて自国に帰り、西海岸あたりで陽気に波乗りでもしようかなと背もたれに体重を掛けながら思う。ぎしぎしと悲鳴を上げる格調高い椅子をイギリスが見れば、きっと更なる悲鳴を上げていただろう。アメリカにとってはそんなこと、どうでもいい話だが。
「…………あ」
そして、本気でイギリスに仕事をなすりつけ帰ろうかと思っていたところで、この湿っぽい空気を吹き飛ばすような何かを敏感に感じ、体を前倒しにした。
声が聞こえた訳じゃない。
足音が聞こえた訳じゃない。
だけど、確かに迫る何か、感じる殺気に、今まで鬱蒼としたアメリカの気分が一気に晴れ上がり、高揚に胸が高鳴り始める。
「俺の蛍光色じゃないか」
ヒーローには必要不可欠なハプニング。
それを、たった一人で巻き起こしてくれる人物。
来る、と思った時には、イギリスご自慢の、豪華な飾りが施された重厚なドアが破壊されていた。
「great!!」
けたたましい轟音と共に、吹き飛ぶドアの木片を気にすることなく、明確な目的を持った侵入者がこの部屋に入り込んでくる。
あの細腕で一体どうやってドアを破壊したのかなんて理屈と手順はこの際、後回しだ。
窓から入り込む日の光に反射したそれが自分の喉めがけて突き出されてくるのを眼鏡の奥から確認したアメリカは、イギリスに語らせれば、「これはルイ王朝時代から……」と丸一日かかりそうな、押しつけがましい慈愛を見せる天使が四隅に描かれたティーテーブルを掴み、その侵入者へと投げつける。
反撃に、相手のフリルたっぷりなスカートが、まるで闘牛士の真っ赤なムレタのようになびいて、華麗に避けられた直後、ティーテーブルは壁にぶちあたって砕け散った。
「お見事!」
この緊迫した状況の中でアメリカは楽しげな声を上げ、手を2回ほど叩く。
それに、彼女の美しい眉目が歪み、高貴な光沢を称えるアメジスト色の瞳に新たな闘志が燃えさかるのを感じながら、突き出されたナイフを前傾しながら避けた。
そのまま床に手を突き、勢いを流すように前転してから、重し代わりのティーテーブルが消えたことで自由を得た、アメリカの部屋に置けば悪趣味だと鼻で笑われそうな金の刺繍が施されたカーペットを力任せに自分の方へと引き寄せる。
それに、体を反転させ、追撃しようとしていた彼女が足を取られ体が浮き上がり、むき出しになった床の上へと転倒した。アメリカは、そんな彼女の上から今引き寄せたカーペットを覆い被せる。
余裕があれば、古びたカーペットの所為で部屋中に舞い飛んだ埃に咳払いをしているところだろうが、今は捕獲が先決だ。
アメリカは、被せたカーペットの上から、彼女の体を捉えるようにのし掛かる。
しかし、その途端カーペットの一部が盛り上がり、まずいと判断した時には、彼女のプラチナブロンドと同じく妖艶な輝きを放つナイフが眼前に飛び込んできていた。体を大きくのけぞらせるが、間に合わない。それはアメリカの鼻先を掠めるように流れていく。
「……鼻が高すぎたようだな!」
「自慢の鼻なもんでね!」
作品名:エキセントリック・カラー 作家名:toowa