エキセントリック・カラー
カーペットから突き出された腕は、今度は横一線に振り切られる。そうかと思えば彼女にのし掛かるアメリカの膝めがけて振り落とされたので、美女の上に馬乗りになるという男としては捨てがたいシチュエーションを放棄し、アメリカは後方へと非難した。
消えた重みに彼女はすぐに起きあがり、無惨に切り裂かれたカーペットを窓際へと放り投げる。
相応の重さがある赤いカーペットはそのままガラスを突き破り、半端な位置で止まった。
そして、窓を背に立つ彼女を見て、アメリカはヒュウ、と口笛を吹く。
「相変わらず元気そうだね、ベラルーシ。まさか監視が趣味のイギリス内で、君に会えるとは思わなかったよ」
「私も同意見だ。買い出しにわざわざ来たイギリス内で、お前の間抜け面を拝めるとはな」
「感謝してくれて良いよ」
「ほざけ」
休戦解除、再びベラルーシが踏み込んでくる。
無遠慮に突き出されるナイフを避けるように後ろへ後ろへとステップを踏んでいると、ナイフの太刀筋を読むことに集中しすぎたのか、背中にどん、という衝撃。見れば部屋の隅に追いつめられている。
「ワォ」
「終わりだ!!」
ベラルーシが、とどめを刺すべくナイフの柄を握りなおし、渾身の力を込めてアメリカの喉を狙ってくる。
しかし、アメリカは表情1つ変えることなく右手を伸ばし、彼女がカーペットを放り投げた所為で外からの風が入り込み、バタバタとなびいていたカーテンを握りしめた。
そして、そのカーテンをナイフにめがけて押し出す。
「……っ!!」
本来はアメリカの骨張った喉を突き通すはずだったナイフはカーテンに捕らわれ力が分散された。
アメリカはそんなナイフが突き刺さったカーテンを大きく左右に振る。
それに、ベラルーシのナイフが巻き込まれ、彼女の手から凶器が飛んでいった。
即座に別の武器をと彼女の手が藍色のメイド服の中に移動しようとする。
それを、今まで防御に徹していたアメリカがブーツのつま先で蹴り上げた。
ベラルーシの手が上に跳ね上がり、彼女の体に隙が出来る。
アメリカはそのまま、彼女の体にタックルを仕掛けた。
アメリカよりも一回り小さい、女性の体は勢いに巻き込まれ、床へと叩きつけられる。
それでもナイフを取り出そうとするベラルーシをアメリカは力任せに俯せにしてから、後ろ手に捻り上げた。
「……っ」
ベラルーシの小さな呻きを聞き取りながら、彼女の両手を右手だけで押さえて、ナイフが突き刺さった所為で穴の空いたカーテンに手を伸ばす。
そして、カーテンレールが壊れることも気にせずに強引に引っ張りカーテンをたぐり寄せると、ベラルーシの腕を縛り付けた。
そのまま、ベラルーシの体をころころと回転させながらカーテンをその体にも巻き付ける。
「よっし」
こんな物だろ、とアメリカが満足げに微笑む頃には、カーテンを縛り付けられ身動きできなくなったらベラルーシがいた。
「このくそメタボ! 何をする!!」
敗色強いこの状況で、全く動じず喚き散らすベラルーシに相変わらずだねと笑ってから、アメリカは彼女の体を抱きかかえると、今まで自分が腰掛けていた椅子に彼女を座らせた。
そして自分はその正面、床に腰掛け彼女を見上げる。
乱暴で元気な彼女の足がアメリカの顔を蹴り上げようとしたが残念ながら届かず、やたらとセクシーなパンツを拝ませてもらえる結果になっただけだった。
健康的な男子としてはたいそうそそられるシチュエーションだが、別に目的はそこにない。
「ベラルーシ、今日も君の負けだよ」
逃げようと体をもがき捩らせる彼女にまた椅子がギシギシ騒いでいる。
悪趣味なことにしばらくそれを眺めていたが、ベラルーシに諦める気配が全くないことに気を付いてアメリカは立ち上がった。
そして、彼女の体を縛り付けていたカーテンをゆっくり解いていく。
「良い気分転換になったよ。もうお帰り」
まるで子供をあしらうように言ったアメリカの言葉に、ベラルーシはあからさまに不愉快な表情を浮かべた。アメリカは、「おっと、気に障ったかな?」と笑顔を浮かべて、解いたカーテンを放り投げる。
ベラルーシは即座に椅子から離れ、ドアの正面に仁王立ちすると自分を睨み付けてきた。アメリカはズボンのポケットに手を突っ込みながら彼女を見て首を傾げる。
「まだやるのかい? 俺は良いけど、狭い部屋で暴れたら、君のお気に入りのメイド服に傷がつくよ?」
彼女が着ているメイド服はロシアがくれた物だと聞いたことがある。
案の定、ベラルーシが自分の服を掴み唇を噛みしめた。
そして、スカートをひらりと翻し、背中を見せる。
「次は殺す」
彼女そう言って、こちらを振り返ることなく、消えていった。
アメリカは彼女の気配が消えてから、散々たる部屋の中心で腰掛ける。
足を組みつつ、頬杖を付いて、襲撃に高揚していた心臓の音が穏やかになっていくのを不快に感じながら目を閉じた。
愛する兄のためにああまで出来るベラルーシ。複雑か感情が溢れかえる。だけど考えても意味のないことだと切り上げて、視線をぐるりと一周。
「さて、どう言い訳したものかな」
局地的なハリケーンに荒らされたこの部屋を見てイギリスはなんと言うだろうか。
アメリカは頭を捻り、残っていた書類をたぐり寄せた。ついでに万年筆も。そして床の上にゴロリと寝転がり、書類を床の上に広げて、眼鏡を持ち上げて。
「さて、と」
一気に仕事をこなしていく。
ウダウダと何時間かけても終わらなかった膨大な仕事の山が見る間に減り、あっという間に完了した。
アメリカはそれを適当にかき集め、綺麗に束ねてから一気に放り投げる。散らばる書類の雨に目を細め、そのまま壊れた窓から飛び降りた。
アメリカは華麗に着地すると、何かから逃げるように一直線に駆け抜ける。その進行方向の中には彼のイングリッシュガーデンがあって、イギリスが丹誠込めて作っただろう花々がアメリカのブーツに踏みつぶされた。
屋敷の塀を跳び越えて、道に出たところでアメリカは大きく伸びをする。
相変わらず湿気た空気だ。
しばらくは早足で進み、やがて、イギリスの屋敷が小さくなったところで振り返る。
荒れた部屋を見てイギリスの頭に浮かぶのは、恐らく、アメリカの身に何かあったのではないかという心配。そんな彼の脳裏に、一つの可能性としてベラルーシの襲撃が過ぎるはず。イギリスの情報網の力を借りれば、ベラルーシが今現在イギリス内にいることは分かるだろう。推測は確信へと変わり血の気を引かせたイギリスが自分を躍起になって探すに違いない。可哀想に。
あとは、適当な時間に屋敷に戻り、イギリスに姿を見せれば、アメリカが無事だったという安堵が全ての罪を許してくれるだろう。
「……家族愛というのは呪いのようだね。切ろうとしても切れないし、切ったつもりでいても切れていない」
ああ、俺らしくない思考だと自重の笑みを浮かべて、アメリカは前を向く。
そういえば、去っていくベラルーシは自分を一度たりとも振り返らなかった。
アメリカに対して思い入れがないからこそ、と考えるのは簡単だ。
だけど、ふと思う。
作品名:エキセントリック・カラー 作家名:toowa