さよならのかわりに
みっともない、早く泣き止まなければ、と思うのに、とめようとすればするほど涙は溢れた。手のひらや腕でごしごし目を擦っていると、そっと、先輩がタオルを差し出してくれた。それを受けとって、ぎゅうっと顔に押し付ける。とまれ、おちつけ、を呪文のように繰り返し唱えていると、徐々に嗚咽は止まってきた。ふうっ、と大きく深呼吸してからタオルを顔からはずす。恥ずかしくて顔はあげられなかった。
「…泣き止んだか」
「…はい、すんません、すっきりしました」
「そっか、よかったな」
下を向きながら返事をすると、田中の手がわしゃわしゃと頭を撫でた。静雄はますます顔を赤くしていたのだが、その後に続いた田中の、あ、そのタオル使ってないから安心してくれ、という雰囲気からちょっとズレた一言に吹き出して、思わず顔をあげて笑う。
「あの、トム、せんぱい」
「お?はは、なんかぎこちねえなあ、ソレ」
「…タオル、洗ってから返しますから」
「え?いや別にそんな…あー、…そうか、わざわざ悪いな静雄」
「あ…」
「じゃあそれ持ってきてくれるときよー、ついでに遊びにいこうぜ」
「っ…ト、トムせんぱいっ…」
「あ、おい何だよ、また泣くのか」
「な、泣いてねーっす、でも、またすぐ会えるの嬉しくて…」
「あのなあ、心配しなくても俺はずっとお前の先輩で友達だって。今度ケータイ買ったら連絡先も教えるな」
「っトムせんぱ~い…っ……」
「あらら大泣きだな」
「っ泣いて、ねー、っすよ…」
「はいはい、じゃあ早く飯食おうぜ」
「…うっす」
ずっと先輩で友達だから。
その言葉が頭の中で繰り返し繰り返しあたたかく響いている。さっきまでの、悲しいとか寂しいとかいう気持ちはほとんど消えて、今は嬉しい気持ちで満たされていた。
トム先輩に会えて本当に良かった、俺はあんたが大好きです。
恥ずかしくて今は口に出して言えないけれど、いつかちゃんと言えたらいい。そしたらあんたは、今日みたいに笑ってくれるだろうか。
今度会う時の予定を話しながら口に運んだ鯖の味噌煮は、あの時より少しだけしょっぱくて、でもとてもおいしかった。