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まるできせきの

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「おらクソガキ、何飲んでやがんだい」
王子のような格好をした男の手はエースのグラスに届かず、代わりに背後から伸びた手がエースのグラスを取り上げていった。香る酒気にくんと鼻を鳴らした人物をエースは見上げるように振り仰ぎ、あ、マルコと呟いた。
その時にはもうエースの目は心なしか蕩けていて、マルコはひくりと顔を引き攣らせる。
「手前ェら、7歳のガキに何飲ませてんだよい」
「いや、あの、俺らが気付いたときにはもう飲んじまってて、」
「ぁあ゛?」
頬を引き攣らせ落ち着けとサッチが呟いた声も虚しく、恐ろしく低い声音で凄まれた面々は、ははと渇いた笑いを残してそそくさと姿勢を改める。
マルコが視線で喧しい兄弟達を叱責するのをぼんやり眺めながら、エースは唐突に訪れた強烈な眠気に引き摺られてふわりと欠伸をした。
マルコが視線を戻したときにはもう、エースは食べかすだけになった皿を膝に置いてうとうとと舟を漕いでいた。
「大丈夫かよい?」
「うん…?」
「エース?」
「ん、」
とろとろと瞬きを繰り返す子供はどうやらもうあまり思考が働いていないらしい。
マルコは嘆息し、皿をグラスごとサッチに押し付けるとエースの腕を掴んでひょいと抱き上げた。エースがくたと凭れかかってくるのに眉を寄せる。騒いでいた面々が申し訳なさそうな顔をしてマルコを呼んだ。悪かったよと気まずげな顔をする兄弟達を眺めて、マルコは溜息と共にもういいよいと呟いた。
「エースの飯のことまで気が回らなかった俺も悪い」
たいした量は飲んでいないようだから問題ないだろうと言われ、項垂れていた面々はほっと息をついた。そして改めて末っ子を見遣る。鋭い双眸が隠れてしまえば、そこにあるのはやはり歳相応の幼い寝顔だ。
それにしても、と深く息をついたサッチは、エースの食べっぷりを思い返してくく、と笑った。
「にしても、よく食う奴だなァ、いい食いっぷりだったぜ」
あの勢いならもう一皿軽く平らげたかもしれない。
食費が嵩むよいとマルコは嘯くが、その手はひどく優しげに黒髪を撫ぜている。
エースがマルコの腕の中でんんと鼻を鳴らし、重たそうに瞼を持ち上げた。マルコ、と呂律の回らない声で呼び、もぞもぞと肩口にしがみ付くように起き上がる。
「どうした?」
「……ねみぃ」
「なら寝てろい」
言って、マルコはエースを抱え直すとあやすように背を叩いた。
エースはマルコの襟元のシャツをくしゃりと握り締めていて、その光景はなんとも微笑ましく家族の目に映った。
立ち去ろうとするマルコに慌てたように、あと一つ、とサッチが呼び止める。
「エースのその服装ってお前が選んだのか」
マルコはちらりとサッチを一瞥し、鼻で笑った。
「可愛いだろい」
自慢げにのたまい、じゃあなと言い置いて、マルコはその場を後にした。マルコの肩にしがみ付いたままのエースは、手を振る家族に眠たそうに軽く手を上げていた。

取り残された面々は、些か呆然としたまま、異口同音に親馬鹿だと呟いた。
ありゃオカンだな、とはサッチの言だ。
その後の宴の席では、幾度も話題に上る末っ子の話にマルコが如何に親馬鹿で心配性かという話が加えられて酒の肴にされていたことなど、マルコは知る由もないのだった。


マルコに抱かれて広大な屋敷の廊下を歩みながら、エースはマルコの瞳を覗き込んだ。
未だ酒気を纏わせたままの瞳にじっと不思議そうに見つめられてマルコは首を傾げる。
「なんだよい?」
エースはふわと欠伸をし、目を擦る。
「…あんたの目は、オヤジにそっくりだな」
とろりと瞬く黒い双眸にマルコは少し驚く。
それは目の色のことだろうか、それとももっと違う部分で血の繋がりを越えた共通点でも見付けたのだろうか。
思ったが、マルコはそれを尋ねなかった。ただそうかいと言う。エースもうんと頷くと、何か想いを馳せるように歩いて来た廊下の先を振り返った。
その瞳が穏やかに凪いでいるのを見て、マルコはもう少しだけ家族達の中にエースを置いておいてもよかったかもしれない、と思った。


作品名:まるできせきの 作家名:ao