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まるできせきの

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何人目か、数えるのも馬鹿らしいほどの白ひげにとっては嬉しさを呼ぶ息子達からの祝いの言葉が通り過ぎていった頃、エースがそういえばと言って白ひげを振り仰いだ。
「あんた、今日誕生日なんだよな」
「ああそうだ。毎年この日は息子達が祝ってくれる」
白ひげは嬉しそうに一口杯を傾ける。
エースはそれを見、賑わう広間を見渡し、俯いた。
「俺は何もプレゼントなんて持ってねーよ」
「グラララ、別にそんなもんいらねェよ。息子達が俺のために宴を開いてくれる、お前の顔が見れた、それだけで十分じゃねェか。なァ、エース」
ふうん、とエースは頷き、そして白ひげを見上げる。
大きな大きな、偉大な父親だ。この男が父親なのだと思うと、エースはいつも少し緊張した。がっかりさせたくないと思う。そしてそう思う自分がやはりどこか不思議だった。
言うか言うまいか、迷ってエースは掌を握り締めた。
そうして、なぁと白ひげを呼ぶ。
「誕生日、おめでとう。……オ、ヤジ…」
つっかえながら、最後は気恥ずかしさが勝って目を逸らしながら、エースは初めて白ひげをオヤジと呼んだ。
白ひげは瞠目した。騒がしい広間では掻き消されてしまいそうなほどささやかな声音だったが、白ひげは聞き逃さなかった。
俯いた癖毛の合間から赤く染まった耳を覗かせて呟かれた呼称を噛み締める。
深い海のように広漠とした双眸には尽きることのない慈愛がどこまでも広がってゆく。
白ひげは笑った。
「悪くねェなァ、エース。最高の誕生日プレゼントだ」
ぽんぽんと、エースの頭を包むには大きすぎる掌で頭を撫でられ、エースは更に俯いた。
自分ですら気付かない切望に切り崩された空洞を、自覚する前に次々と埋められていく。敵意でなく好意を、殺意でなく愛情を。塗り替えられていく現実はただただ温かい。
白ひげに拾われてから幾度も感じた胸に溢れかえる何かを再び感じながら、恐れる必要が無いことをもう知っているエースはただ与えられる温もりを感受した。
暫くすると、親と末っ子の団欒を見計らったようにサッチが近寄ってきて白ひげにエースを独り占めするなと嘯き、白ひげは俺の誕生日だ、大目に見ろと豪快に笑ってそれでもエースの背を押した。兄弟達を構ってやれと戯れる白ひげを見遣り、エースは素直に顔を綻ばせて束の間の対話に幕を引いた。

サッチに連れられて白ひげの元を離れたエースは忽ち興味津々の兄弟達に囲まれた。目を白黒させるうち、またもや勝手に引きずられ、離せと叫んで暴れるエースも何のそのの面々は、部屋の一角に並べられたソファにエースを座らせた。にんまりと数多の視線に晒されて、エースは顔を顰めて狭いソファの上で後ずさる。
「なんだよ」
「いやあ、お前がマルコが面倒見てるってガキか」
物語に出てくる王子のような格好をした男が不躾にエースを眺める。
「つーか俺らの末っ子だな、つまりは」
今度はドレッドヘアの男がなぜかうんうんと頷く。
一同にこれまたなぜかへえと納得したような顔をされ、エースはほとほと困り果てた。
こんな視線に晒され続けたら身が持たないのではないかと危惧するエースに、救いの手、と言えるのかよくわからない、エースを白ひげの元から連れ出した張本人が割って入った。
「こらこらお前ェら、エースが引いてんじゃねーか」
エースに迫る人垣を押し退けて間に入ったサッチに、和装をした男が食いつく。
「うるせェぞサッチ!お前やマルコやオヤジが独り占めしやがるから、俺達は今日まで満足にエースの顔も見れなかったんじゃねぇか!」
「そーだそーだ」
「ばっかお前ェら、」
俺だってマルコの隙を突いたり押しかけたり大変だったんだぞー。
言いながらサッチは近くから円形のテーブルを引っ張って来てその上に酒瓶やグラス、そして料理を並べ始めた。
サッチに押し退けられた者はしぶしぶ向かいに並べられたソファに座り、和装の形をした男はごちゃと纏めて置かれた酒瓶からワインを片手に取ると首を傾げた。
「何やってんだお前」
「何って、エースの飯だよ」
お前まだ食ってねぇだろと聞かれ、エースはようやっと部屋の其処彼処に賄われたその豪勢な料理の数々に気が付いた。食欲をそそる匂いに俄かに空腹感が襲う。
生唾を飲み込んだエースにサッチは笑い、ほれと大きい皿を差し出す。色々な料理を山盛り盛られたそれを差し出され、エースが受け取るか取るまいかと迷う間に、ぐうと腹の虫が勝手に答えた。
ぱちくり瞬いたサッチがくつくつ笑い出し、エースを取り囲んでいた面々にもけたけたと腹を抱えられ、エースは首まで真っ赤に染めた。
「…!ッ、笑うな!」
「くく、まぁまぁ、ほれ食えよエース。腹減ってんだろ?」
サッチは笑いを噛み殺しながら皿を差し出した。
顔を赤く染めたまま、エースはむっつりと唇をとがらせ、どうもとぶっきらぼうに答えてそれを受け取った。
自棄のように料理を口に運びながら、エースはすぐに夢中になった。料理は驚くほど美味かった。
「うめェだろ、うちのシェフの味は」
和装をした男が口元に笑いを滲ませたまま言った。
ポンと音を立ててコルクが抜かれる。
エースが頷くと、男はサッチと反対側のエースの隣に腰を下ろし、ワインの瓶に口を付けてニィと唇をつり上げた。聞きてェんだけど、と探るように見つめられる。
「マルコも料理してんのか?」
頬一杯に頬張ったものを咀嚼しながら、エースは首を縦に振った。
けれども、なぜか探るような眼差しが問うているのはそんなことではない気がして、エースはじっとその瞳を見返した。そこから何かを読み取ることは、まだエースには出来なかったけれど。
そんな二人の遣り取りに気付かない周囲は、うおぅと歓声とも驚きともつかない声を上げて盛り上がっている。
「マジかよ!?アイツ飯とか作れんのか!」
「女に作らせてんのかと思ってたぜ俺」
「俺は買い食いしてるもんだとばかり思ってたな」
へえ、アイツが、などと騒ぐ男達が一様に意外そうにしているのを不思議に思って、エースは顔を向けると首を傾ける。
「マルコの飯上手ェよ?」
もぐもぐと噛んでいたものを飲み込むと、水が欲しくなってエースはテーブルの上に視線を彷徨わせた。そしてちょうどグラスに注がれていた透明な液体を喉に流し込む。
ふと横顔に視線を感じて振り向く。和装をした男がゆるりとエースを見つめていた。
「大事にされてんだなァお前」
しみじみと呟かれてエースはたじろぐ。
どことなく面映く思って視線を逸らせると、今まで騒いでいた面々も同じような顔をしていて更に居心地が悪くなった。
あちこちに視線を彷徨わせながら段々と顔が熱くなってきてエースは再びグラスを煽った。と、サッチが何かに気付いたようにあと呟き、まっずと顔を顰めた。どこか焦っているように見えたのは気のせいだろうか、王子のような格好をした男が続いてげ、と同じような顔をして、エースの方に手を伸ばしたのと、背後から低い声が掛かったのはほぼ同時だった。

作品名:まるできせきの 作家名:ao