唇を手の甲に
この男は、正真正銘の馬鹿なのではないのだろうか。
出会ってから何度繰り返したか分からない疑問を、かすがは再び己に聞いてみた。
聞く事が同じなら、自分から返る答えもいつも同じだ。
それこそ、海と聞かれて山と返すくらいに。
そう、こいつは馬鹿だ、救いようの無い大馬鹿者なのだ!
左手を添え、大根か何かのように力任せに引っ張って、手の平を包む両手から取り返したばかりの自分の腕をさすりながら、かすがは思った。
右手はそんなに強く掴まれていた訳ではない。寧ろ、壊れ物か何かのように両手を添えられて、手の甲を見せる形になっていた。
だから、別にこうして力一杯引っ張って取り返して、勢いで後ろによろめきかけ、背を向けるような失態を晒す必要はない。
いや……だからだろうか。そうだ、そうに決まっている。
自分の命を守る右手が、その両手で簡単に包まれてしまう大きさだと認めなくなかったのだ、きっと、それだけだ。
自分の命の小ささと、向き合いたくなかったのだ。
だから、顔が熱いのは、屈辱のせいであって、手の甲のずきずきするのは、傷のせいであって、それ以外ではない。決して。
そんな訳があってたまるか!
「……いっ!」
「あ、おいかすがっ!」
いつもは素早く構えを取る手が、かすがの手を包んだままの形に、いつもは鋭いか、ニヤニヤと細められている眼差しが、丸く見開かれたていたのは一瞬だけ。
それが驚いた表情を作り、再びかすがの方へと伸ばされたと同時、右手の甲に鋭い痛みが走った。
気づけば、無意識のうちに手の甲を装束の膝にごしごしと擦りつけて拭っていたらしい。ついさっき、この男曰くの「手当て」をされたその傷を。
「い……った!」
「あーぁっ、また傷開いちゃってんじゃん、どーすんの、コレ?」
真っ黒な装束の太股に、僅かに血が付いているのが視界に入った途端、咄嗟に胸に抱き寄せていた右腕は今度は有無を言わさぬ力で捻り上げられた。
「こらっ、佐助っ、離っ、せ……!」
そのことに頬がかっと熱くなって、捻られた腕を軸に裏拳を入れようと回転を加えて振り返った。
「っぁ……!」
と同時、先ほど腕を引く直前に感じたのと同じ、湿った熱とぴりっとした痛みを右手に感じた。
そのせいで大幅に失速した左腕は、右手を掴む腕とは別の腕にばしっと小気味良い音で受け止められて掴まれ。
出会ってから何度繰り返したか分からない疑問を、かすがは再び己に聞いてみた。
聞く事が同じなら、自分から返る答えもいつも同じだ。
それこそ、海と聞かれて山と返すくらいに。
そう、こいつは馬鹿だ、救いようの無い大馬鹿者なのだ!
左手を添え、大根か何かのように力任せに引っ張って、手の平を包む両手から取り返したばかりの自分の腕をさすりながら、かすがは思った。
右手はそんなに強く掴まれていた訳ではない。寧ろ、壊れ物か何かのように両手を添えられて、手の甲を見せる形になっていた。
だから、別にこうして力一杯引っ張って取り返して、勢いで後ろによろめきかけ、背を向けるような失態を晒す必要はない。
いや……だからだろうか。そうだ、そうに決まっている。
自分の命を守る右手が、その両手で簡単に包まれてしまう大きさだと認めなくなかったのだ、きっと、それだけだ。
自分の命の小ささと、向き合いたくなかったのだ。
だから、顔が熱いのは、屈辱のせいであって、手の甲のずきずきするのは、傷のせいであって、それ以外ではない。決して。
そんな訳があってたまるか!
「……いっ!」
「あ、おいかすがっ!」
いつもは素早く構えを取る手が、かすがの手を包んだままの形に、いつもは鋭いか、ニヤニヤと細められている眼差しが、丸く見開かれたていたのは一瞬だけ。
それが驚いた表情を作り、再びかすがの方へと伸ばされたと同時、右手の甲に鋭い痛みが走った。
気づけば、無意識のうちに手の甲を装束の膝にごしごしと擦りつけて拭っていたらしい。ついさっき、この男曰くの「手当て」をされたその傷を。
「い……った!」
「あーぁっ、また傷開いちゃってんじゃん、どーすんの、コレ?」
真っ黒な装束の太股に、僅かに血が付いているのが視界に入った途端、咄嗟に胸に抱き寄せていた右腕は今度は有無を言わさぬ力で捻り上げられた。
「こらっ、佐助っ、離っ、せ……!」
そのことに頬がかっと熱くなって、捻られた腕を軸に裏拳を入れようと回転を加えて振り返った。
「っぁ……!」
と同時、先ほど腕を引く直前に感じたのと同じ、湿った熱とぴりっとした痛みを右手に感じた。
そのせいで大幅に失速した左腕は、右手を掴む腕とは別の腕にばしっと小気味良い音で受け止められて掴まれ。