唇を手の甲に
今度は正面から、逃げられない角度から、それが視界に入ってしまう。
ぴちゃぴちゃと、さっきよりも大きな音で舐められた。
上目使いに見上げられた。
今度はさっきの「だってさ、毒とかさぁ、含まされてたら後から大変でしょ?」という言い訳もされず、軽く歯を立てながら、ちゅうっと吸い付かれた。
「あっ、ぅ……っ!」
もう左手を離されたのに、さっきは力一杯に引きはがせた、右腕を取り返す事が出来ない。
目眩がする、身を起こした男の喉がこくりと鳴ったのが聞こえた。何がその音をさせたのかを考えたくない。まさか、毒を吸うというのが方便で、本当は何か、毒物を含まされたのでは。
「ひっ……ぁ!」
その可能性に、僅かに隙を作っていた意識が、ぞっと撫でられたのと、濡れた傷口が再び空気に触れ、ぞくっと肌が粟立ったのは、ほぼ同時だった。
僅かに唇の端に残った朱を舌が舐め上げながら離れる瞬間、口の形だけで「ごちそうさま」と言った。確かに言った。
「こいつ……っ!」
再び腕を引き、左の拳を振り上げられたのは不覚にも、それを認識した後だった。
が、結局は片手で簡単に受け止められ、更には自分から男の方に転びそうになり、腰を支えられるという失態をおかした。
手の甲のかすり傷よりも重大な失態を。
「なぁにー? かすがってば、俺様と離れるのそんなにヤだったの? あー、確かにね、唇離す時に物足りそうな顔してたもんねぇ。あーあ、そんな貪欲だと、俺様嬉しいけど困っちゃうなー。ひからびちゃう?」
かっと、脳天を突き抜けてかすがの身体の芯に火が点った。今度は間違いなく、怒りの為に。
「っの……! 聞いていればぺらぺらと!!」
言いながら、掴みかかる身を引き剥がし距離を取る。今度は止まったりよろめくことなどせず、そのまま二歩、三歩と相手を睨んだまま飛んで、近くの林。更にその木立の上に。
しかしその間もかすがの口は止まらない、恐らく怒りに突き上げられるままに、機関銃か何かのように、佐助に向かって言葉を発し続ける。
「しかも言うに事かいて何が「手当て」だ!! 何時手を使った!! 何処に手を使った! しかも当てるだけじゃなく……す…っ!」
辛うじて違いの姿が確認出来るほどに生い茂った梢の一つを確保した所で、そこまで間髪入れずに打たれていた言葉が止まった。