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「僕のクローム」

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「僕のクローム」
 初めてその一言を囁いた時の、彼女の表情を僕はよく覚えているます。
 一生を一刹那と数えるような生を蠢く僕からすれば、それはケシ粒にも満たない、刹那どころか、立徳よりも僅かな時間のこと。
 なのに、子細までもはっきり覚えているのは……何なのでしょうね?
 えぇ、何度繰り返しても分かりません。お恥ずかしいことに、こういう感情が行為に先行したのは始めてでして。
 えぇ、そこは……まぁ割愛しましょう。
「おやおや……見違えましたねぇ、クローム」
 まず僕は、彼女を抱き寄せ耳元でそう言ったのです。項の辺りまでになった、短い髪を掻き上げて、露出した耳に親愛の口づけを落として。
 ばっさり短く切った髪の中、露出させられた小さな耳が、僕の目前で赤く染まりました。
 白い頬も、緊張にひっと音を鳴らした喉も、首筋も。
「むくろ……さ、ま?」
 元の色をすっかり無くした赤く薄い耳に視線を落としたまま、その時、僕の頭を過ぎったものといえば、熟れたさくらんぼを食べる時の記憶で。
 ふと、ただの人が人生で食するより多く口に入れて来たその果実を弄ぶ時の舌触りと、歯に当たって潰れる時の甘さが、口いっぱいに広がったのです。
 そうですね、この……眼で何度も見て来たソレの記憶が、一気に再生されたというのが、近しい感じですかね。
「ど、うか……しました、か?」
 元々自信なさげな眉尻を更に下げ、僕の肩口に両手を添えたまま、一生懸命に首を捻り、こちらを見上げようとしているとしている。それがほぼ同時でしたからでしょうね。
 えぇ、咥えてしまったのですよ、かぷっと。流石に……歯を立てたりするような失態は冒しませんでしたが。
 そうですねぇ……それこそ、何も知らない僕のクロームから見たら、吸血鬼か何かのように見えたかも知れませんね。
 舌先に振れた甘さに無意識に舌を這わし、思わず僅かに吸い付いてから、あっと、こちらが口を離すまで、彼女は微動だにしませんでしたから。
 え? 確信犯だろうと? いえいえそんな。僕が僕の大切なクロームに、故意でそんな無体を働く訳ないじゃないですか。
 それこそ、少しずつ少しずつ熟れさせて、あの真っ赤な顔を赤らめながら、大胆に脚を開くほど熟した頃に……おっと。今のは失言ですね。しーっ、くれぐれも、あの子達にはご内密に。
作品名:「僕のクローム」 作家名:刻兎 烏