「僕のクローム」
では、そろそろ話を戻しましょうか? こちらの方面は、未成年には余り宜しくありませんから。ねぇ?
「クローム? どうかしましたか?」
そう答えても肩を揺すっても全く返事をしないで、ただ、頬を熱病にでもかかったかのように紅潮させて。
クローム、クロームと、いくら呼んでも、両手で頬を掴んでも叩いても、人形のように固まって。
その人形のような身体で動くものといったら、僕の力と繋がった内臓と、赤くなった目尻を濡らしてぽろぽろと漏れる涙だけで。
えぇ、そうですね。僕はうっかりしてたのです。
あの子といえば、実の母に抱きしめられたこともなければ、同級生と手を繋いで野原を駆けたこともない、そういう子だったのです。
意志というものがその身に宿って以来、母以外では、僕が初めて触れたぬくもりだったのです。
そう、それに気づいた途端、僕の心を潤したあれを、きっと独占欲と呼ぶのでしょう。
それを感じた途端に、再び食らいついていました、その耳たぶに。小さく涙の跡に舌を這わせて。乳飲み子のように、ちゅうちゅうと、ひちゃひちゃと。
「クローム、僕のクローム。僕の……」
その間、その耳元で何度繰り返したでしょうこの言葉を。まるで、空白にその言葉を埋め込むように何度も何度も。
それが幾度目かの頬ずりだったのか、甘噛みだったのか。漸く腕を放したのは、クロームがさっきまでよりずっと甘く、僕の名を呼んだ時でした。
以来、彼女は僕のクロームで、僕を呼ぶときはうっとりと、頬を染めて呼ぶ訳です。
あぁ、因みに、余りにショックだったようで、彼女はソレを全く覚えてない様子なのです。
だから、何で自分の呼び名が僕のクロームになったのか、何で自分の耳が、僕に呼ばれただけで震える程に敏感か、恐らく知らないでしょう。
え、鬼畜って? クフフ……嫌ですねぇ。我々の業界では紳士と言うのですよ。