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ハートを玩弄してくれるなよ 下

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 この状況を鑑みて、折原臨也は解せないと眉をひそめる。指定されたのは駅に入っているチェーン店のカフェだった。ひとの入れ替わりが激しく、落ち着いて話すのには向かない場所である。出入り口を常に視界に入れつつ、あまり美味いとも感じないコーヒーを流し込んで、首をかしげた。あまり話す気はないのかな、と考える。というかそもそも、あのあとにあの少女の方からコンタクトがあるとは欠片も考えていなかった。臆病で平凡なばかりの少女だと思ったら、そうでもないのか。あるいは考えが足りないのか―――否。それはないか、と結論付けた。臆病で、だからこそ病的に慎重な少女は、ときどき危ない綱渡りをしたがることはあるけれど、おおむねのところで勝算のある賭けしかしない。ということは、なにかしら、あるのだろう。あえて、あの少女の最近の動向は調べていなかった。その方がおもしろいかと思ったから。
 基本的に、彼は誰の都合でも動かない。自分の都合でさえ動かない。たしかに、自分の趣味のために自分をすら不利な状況に追いやるやり方を都合というのなら、たしかに自分の都合でしか動かない男ということになるけれど。
 また、自動ドアが開く。おや、と彼は思った。見知った人間がそこにいた。
 これはどういう符合だろうと考える。そしてあるいは、考えるまでもないのかもしれない。
 彼はひらりとその人間に手を振った。それをみとめた紀田正臣は、迷うことなく彼に近づいてきて、おひさしぶりです、と軽く頭を下げた。こういうあたり、この少年はつくづくおもしろいと折原臨也は考えている。
 伝言です、と紀田正臣は言った。
「『わざわざご足労ありがとうございます。申し訳ないですが、僕はここには来れません。めんどうでしたら、ここで帰っていただいて構いません。僕が話したいことはひとつだけだし、そのことは折原さんもよく御存知だと思います。もし、来ていただけるなら、………』」
 場所と時間を含めた伝言を伝えると、紀田正臣はあっさりと踵を返した。呼びとめることはしなかった。きっと、無駄だろう。
 折原臨也はある程度理解した。これは非常に、あの少女らしいやりくちかもしれない。指示に従うのも従わないのも自分次第。けれどやめる、という選択肢はなかった。



 指定の場所に向かう。知った顔が待っていた。ドタチン、というと、よ、と手を上げてそれに答えた。さて、偶然か、と考えるうちに、少女からの言葉が伝えられた。さきほどよりも少し踏み込んだ内容でさらに次の場所と時間を指定した。門田京平は大分困った顔をしていたけれど、結局何も言わず、あっさりと立ち去った。ふむ、と思う。また、次の場所にも少女はいないだろう。そして、また伝言には、帰ってくれても構わないと入っていた。それに、自分の情報網を伝って少女を見つけることは容易い。会いに行くことも容易い。―――そう、呆れるほどに容易いのだろう。だから、やめた。
 どうせ、いちばん最後にはあの少女に辿り着くのだろう。慎重で臆病な少女だが、常に自分のみを安全圏に置いたりはしない。それくらいは、知っている。折原臨也は時計を眺め、次の場所へと急いだ。



 それから数回、同じこと繰り返された。少女にはまだ行きつかない。それは彼の知っている人間ばかりで、そしてあの少女の顔見知りばかりだった。
 やめようか、と数回考えた。自分がこのまま帰ってしまうだけで、終わってしまうのだ。あまりにも馬鹿馬鹿しく、だからそれゆえにいとしくすらある。
 狩沢絵理華と遊馬崎ウォーカー、露西亜寿司にてサイモン、妹たち、岸谷新羅とセルティ・ストゥルルソン。ずいぶんな範囲に及んだものだと苦く笑った。そうしてその中の皆が事情を知っているはずなのに、誰も個人的な意見を口にしなかった。自分の妹たちでさえ軽口もたたかずに、喋ったことは自分や少女に関係のないことだ。そのことに、折原臨也はややもすると背筋が寒くなる。
少女のやり方はわかった。けれど、意図するところがわからない。わからないから、答えを求めるしかない。
ここまでくれば、そろそろ少女が出てくるだろうことは想像するに容易い。けれど、もうひとり、最低で最悪の相手が、いる気がするのだけれど。
 そんなことを考えているうちに、指定の場所に足を踏み入れて、考えうる限り最低で最悪の相手を見つめた。
 平和島静雄。折原臨也と相対させるに、最低と言っていい選択肢だ。
 平和島静雄は折原臨也を見ると舌打ちをした。不快感は隠せず、彼もそれを当然と受け止めた。不愉快は、お互い様である。
 けれど、平和島静雄は、標識をねじ切りも自動販売機も持ち上げもせずに、ただひとつの舌打ちのみで他の皆とおなじように少女からの伝言を口にした。そして、それ以外は何も言わなかったし、しなかった。目の前に折原臨也がいるというのに。
 なぜだろう、と考えた。思い浮かんだ答えは、性質の悪い冗談のように感じた。妹たちや狩沢たち、岸谷新羅が軽口もたたかなかったこと、門田やセルティが自分を一言も責めなかったこと、目の前にいる平和島静雄が自分に一切の手を出さないこと。―――馬鹿みたいに単純な理由だった。竜ヶ峰帝人がそう望んだからだ。
 気づいたときには平和島静雄はもう視界から消えていた。伝えられた場所を反芻する。時間は、指定されなかった。少女は、新宿に待ち合わせたその時間からずっとそこにいたのだろう。そして、自分が行くまでずっとそこにいるのだろう。



 ざり、ともう東京で数えるほどしかない舗装もされていない地面を踏みしめた。すでに陽の落ちた公園には見渡すかぎり、ひとりをのぞいて誰もいなかった。少女は、お行儀よくベンチに座っていた。
「どうやったの?ドタチンやセルティたちはなんとなくわかるにしても、シズちゃんまで引っ張り出して」
 少女は、ふふ、とやわらかに笑った。
「みなさん、いいひとたちばかりです。僕のわがままにつきあってくれました。折原さんが無傷ってことは、みなさん、お願いをきいてくれたみたいですね。いいひとたちばかりです。―――折原さんも。どうも、ありがとうございました」
 場違いに、少女は深々と頭を下げた。折原臨也は少女を理解できない。少女は、折原臨也の想像をはるか超えていた。
「お願いしたんですよ」
 やわらかに言われた言葉を、彼は鼻で笑った。
「お願い?なにそれ」
 なにそれ、ですか、と言った少女が口をゆがめた。心底不快だと眉間に寄った皺が語る。怒っているらしいと愉快に思う。そうですねえ、と少女が言った。
「同情にすがったんですよ。あなたが聞きたいのは静雄さんのことですよね?―――あんなに勘の鋭い人、小手先で使おうと思って、使えるわけないじゃないですか。お願いしたんですよ。誠心誠意、お願いしたんです。情に訴えたんですよ。同情してもらったんですよ。正面から、策も罠も脅しも何もなしに、お願いしに行ったんですよ。協力してもらったんですよ。状況が許しましたから」