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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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リョコウバトに巣はいらない

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 空からオオカミの遠吠えが聞こえた。場所は、反響のためどこからかわからない。
 隣を歩くイギリスのブーツは革製だった。縁には茶色い毛皮が着いている。濡れたら役に立たなくなるし、エアクッションもないからマメも防止できないというのに。おろしたての頃はあったかかったかもしれないけれど、今はいくらでも保温材料が手に入るのだ。トレッキング用のスパイク付スニーカーを、ウォールマートの靴売り場で買えばいいっていうのに。熱湯の入ったケトルを落としても丈夫な靴だ。よっぽど機能的だろう。

「お、アメリカ。こことかどうだ」

 森のけもの道が拓けて、小じんまりした湖があった。だけど、足元にはきちんと多年草があるから、増水が地面に押し寄せてくることはないだろう。
 ひとまず深呼吸してみる。グリズリーの匂いはしない。まあ、近くにいたとしても、カナダが相棒の白クマの毛皮を編み込んで作ってくれたドリームキャッチャーを背嚢からぶら下げている。クマ避けには、これが一番らしい。似た種からの敵意ある匂いに動物は敏感だ。この公園の動物は、野性味豊かで嗅覚も発達しているだろうから、安心して良いだろう。万が一来たとしても、世界のヒーローと、元ヤンキーの海賊だ。どうにかなる、というか、することとしたら、死なせてしまわないように気を付けなきゃいけない方の心配ぐらいだろうか。

 湖の向うには、雪が滲んだ山が青く浮かび、湖面に双子のそれが逆立ちしていた。あちら側のふもとは、やや湖も黄緑がかっていて、ぼんやり湯気が出ている。薪は禁止されているから、間欠泉かもしれない。湧いては静まり、静まってはまた湧くをずっと続けている。この地球の見える吐息だ。

 絶景、と言って差支えないだろう。
 そんな景色がこの地には、たくさんある。

 俺はそれに感動をするほど子どもじゃないけど、イギリスのように懐かしさを感じるほど老成してはいないので、同意した。
「君にしては、悪くない立地選択だね」

 割れた滝、熱湯の池、赤い泉。ある人は奇跡と呼び、ある人は当たり前が永くあるだけと呼んだ。
 3つの州にまたがる大地は、千年前からその姿を変えることがない。
 鉄イオンで黄色く染まった川から名をとったその地は、火と硫黄を感じさせる蒸気や熱や土の色から、地獄とも呼ばれた。

 だがどうだ。
 こんなにもスパイク越しに地球の心音を伝える場所は、ここを含めて数か所しかない。
 一部の地殻が壊れたら、マグマから大量のガスが吹き出して気候さえも変わってしまうであろう、世界一豊かな核倉庫だ。

  幼い頃の俺は、イギリスたちヨーロッパ人種とよく似たアングロサクソン系の顔立ちをしていたが、入植の前から住んでいたネイティブアメリカンたちの先祖は、俺どころかイギリスも存在しないほど昔からここに定住していたらしい。万、という単位を浮かべて、その気の遠くなるような長さを思う。千年だって相当な長さだっていうのに、一万年あれば、七つの海を満たすほどのバニラシェークが飲めそうだ。

 バックパックを降ろしたイギリスは、分厚い本と指揮棒の先っちょに金色の星を付けたステッキを取りだして、夏の終わりの高山植物が並ぶ花畑にスキップを始めた。一体、何が目的なのか、聞きたいような聞きたくないような。

「保護区域内からは、小石一つ持って帰っちゃいけないんだぞ」
「わ~ってるって! 魔法で写し絵を取るだけだ」
「日本製のデジカメがあるじゃないか」
「流石に匂いまでは再現できないだろ!」

 帰ったら日本に、五感を再現できるデジカメを開発してくれないか相談しようそうしよう。人の心が読める双眼鏡ができたんだ。そのくらい、彼ならやってくれると信じることにする。
 気を取りなして、防水性のシートの穴にロープを通し始めた。もやい結びを二回。念入りに結ぶ。本来は、自動車に積んで来るほどの重量があるテントだったけど、今回俺はダイエットのため、自分で背負って乗ってくることにした。登山用と違って重い分、居住性はそこそこ優れている真っ青なテントだ。テレビ通販でも、お得と宣伝して、すぐに電話で注文した奴だ。
 杭を地面に打って、今日は部下がいないことがいいことに、ハンマーの代わりに思いっきり踏みつけて固定した。足をちりちりする衝撃が、ゲームで敵を踏みつけるみたいで結構楽しい。そして、さっきのロープをそこに結わえつけて、最後にポールを組み立てた。
「悪いな。今、俺が火を起こすから」
 そう言って、さっきのステッキを振りかざした。何だか、見てはいけないものを見るような気がしたので、俺はポールの角度を調節する作業に没頭することにした。

 来るのは久しぶりだった。多分、映画のロケでライトセイバーを振り回して以来。
 ここは、どうしたって不自由な子供時代を思い出させるし、色々勝手が出来ないから、ちょっと前まであまり好きじゃなかった。
 本来、キャンプをしていけはいけない、深い保護区域での許可が出たのは、俺たちが国家で「人が踏み込んじゃいけないなら、人じゃない存在ならオーケーだろ?」という不敗の敏腕弁護士も真っ青な俺の主張のおかげだった。とは言え、許可を出した上司たちも上司たちで、中の植物を傷つけてはいけないだの、食べ物のついた皿を洗ってはいけないだの、小石で水切りをしちゃいけないだの、ハンバーガーはおやつに入らないだの細々とした注文を、数キロバイトの資料でプリントアウトしてきた。
 同行者であるイギリスは、出発計画を練っていた俺が頭の上に乗せて、その重みにうんざりしていたファイルをひょいと持って、パラパラアニメを見る生徒のように一通り目を通した後に、どうにかできそうだな、と一言言った。
 うん、君のどうにかできる、っていうのは大抵常識外の行動だってこと、俺はよく知っているよ。