Kサト小説①
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──午後を軽く過ぎ、昼ご飯時間もとうに過ぎ去って、そろそろ小腹がすき始める時分。
「…KKさん、なにやってるんですか?」
休日の日中。
サトウは不思議そうに小首を傾げていた。と、いうのには理由がある。ジーッと見つめる先には、日頃立たない台所にKKがいたからだ。
あまり見られない光景に、サトウにしてみれば疑問に思うことはまあ当然であって。
「ん…?ああ、ちょっと、な」
サトウの声に、KKは微妙に口を濁す。
不審そうにこちらを伺う気配を背後からがありありと感じられるが、今はとりあえずとばかりに横へと流した。
KKは台所の、厳密に言えばガスコンロ前に立っていた。眼前には火のついたフライパンが存在している。その中には丸いクリーム色のあるモノがジュウジュウと微かに音をたて焼かれていた。
頃合いみて、フライパン柄を持ちあげる。ほっと、小さな掛け声をあげ、揺すりあげながら中身をひっくり返す。器用に空を舞ったそれは無事着地をはたし、こんがり美味そうなきつね色が現れた。最大の難所は越えたようだ。ふうと小さく息を吐く。同時に香ばしく食欲をそそるいい匂いが広がった。
と、その時、
…くう~
と、どこか間延びした、盛大に何かを訴える音が、KKの背後より聞こえた。
すぐにわたわた慌てる気配も感じたが、一つ苦笑を返し、だが、振り返ることは決してしなかった。
・
・
・
「ほらよ」
出来上がったものを皿の上に乗せ、少しだけぶっきらぼうに、手にした皿をサトウに押し付ける。
「わぁっ…!って、え、これって…」
ほのかに顔を赤くしたサトウがKKの行動に驚きを隠せず、見つめる先には、
丸い平ぺったく、出来たてあつあつのきつね色の物体。
甘い琥珀色の蜜が表面をたっぷりに覆い、上にはちょこんと四角く切られたバターが。
ちょっとした小腹を満たすには最適なおやつ──、ホットケーキが美味しそうな香りを纏いつつ、悠然とした姿を晒していた。
「腹、へってんだろ。冷めないうちに食っちまえよ」
「えっ…!でも、KKさん…!」
お腹すいてるんじゃないんですか…?
サトウにしてみればKK自身が空腹であったため、自分の為に作ったのではないか…?と思ったのだ。そして当然、自分が食べてはいけないんじゃ、と目線で訴える。
しかしそれをKKは即座に否定した。
「たまにゃいいだろ、オレがお前に何か作るのも」
いつもは、僕がご飯作りますよとあっさり言うサトウだから、KKはなんの不満もなしに、じゃあよろしくと答えた。むしろ手間かかることもないし、美味い料理にありつけるので万々歳なのだが。
だけど、さ。
──優しくしたいんだ、お前に。
別に不思議なんかじゃねえだろ。好きだと思っているんだから。
めためたに甘やかして、心からの笑顔を拝みたいんだよ。
──だが…、厄介なものだな。相反する表情…、逆であるはずの泣き顔だって見たいと、オレは思っているんだ。
酷い奴だ…と自分でも自覚はある。だが、オレのせいでお前が悲しい思いをしたり、身を焦がす憤りを感じてくれるならオレはそれを…心底愛しいと感じているんだよ。
最悪な人間だとわかっている。しかし、くるくる変わる表情、どれか一つなんて選べない。どれもお前なのだから。
わがままな奴だともわかっている。だけどな、両方、いやそれこそお前の全部、オレは欲しいと思ってるんだ。
「…ありがとう、KKさん」
KKの意図に気付いたのか、サトウはまるで花が咲き綻ぶような満面の笑顔を浮かべた。極上の報酬に、まずまずだな、とKKは絶賛する思いだった。
・
・
それじゃあいただきますね。皿を受け取ったサトウは始終笑顔を振りまきながらテーブルへとついた。
その姿を遠巻きで眺める。
ふわふわに焼いたホットケーキ。
──美味そうに、大事そうに、一口一口を運ぶお前に、心底ホレているんだと気付かされる。
手軽で美味しく食べられるそれは好きなものだと言っていた。現にオレにも振舞ってくれたことがある。僕、美味しく作れるんですよ、と胸を張って。正直さほど期待はしてなかったが、作ると言うことなら食べると、答えた。
小麦粉を牛乳と卵で練った単純なものなのに、優しい素朴な味に大きな感動を覚えたのはなんとなく秘密にしていることだ。
──決して他言できない人生を送ってきた中で、お前と出会った幸運に…、想いが通いじあい、結ばれた奇跡に、オレは運命のカミサマがいるのなら、感謝してやらなくもない。まあ美人な女神様だというのなら諸手をあげてお礼しにいくのだが。
──日常だがかけがえのない幸せ。お前と共にいること。
温かなオーラを近くで感じたくて、自然な動作でテーブルの向かいに座る。
夢中でフォークを動かす姿を眺めながら、ぼんやり思いをはせた。
・
・
「…ああ、美味しかった。ごちそうさまです」
「そりゃよかった」
パン、と軽い音をたてて手を合わせ、行儀良く一礼をする。
今までまん丸大きなホットケーキが陣取っていた皿は、見事に元ある姿を見せていた。
「とっても美味しかったです!もうお腹いっぱい」
満足げに膨れた腹を両手でさする。
「…あまり台所に立たないオレが焼いたホットケーキはお気に召したようだな」
「もう…っ、KKさん」
サトウの、KKに対する料理云々の疑惑の念をおくっていたことはバレていたようだ。
揶揄して返したKKに、サトウはぷうっと頬を膨らませて拗ねてみせた。
子供っぽい仕種に、クッと苦笑が洩れる。一つ一つの動作が可愛くて、
どこまでオレを魅了するんだよ。
聞こえないように一人ごちた。
・
・
「あれ…?KKさんは食べないんですか…?」
「ああ、さっきのあれ一枚で材料はきれた」
まんまタネ切れだと、答えるとサトウは顔を強張らせた。
急に様子を変えた恋人に、なんだ、とKKは顔を改める。
すると、沈んだ声が聞こえた。
「──美味しいホットケーキ、僕一人独り占めしちゃった…んですね」
ごめんなさい、と至極すまなそうに謝る恋人に、KKはすかさず否定した。
「オイオイ、別にお前が謝ることはないだろ。オレが勝手にやったことだ。大体、元から一人分しか用意してない」
まんまお前専用にするつもりだ、と告げれば、え…?と不安げにこちらを見上げる明るい色素の瞳にあたる。ここは隠し事なしにしたほうがいいのだろう、とKKは瞬時に悟った。
小さくため息をつき、渋々口を開く。
「お前に…、その、作ってやりたかったんだよ」
好きなんです、と言っていたおやつを。
・
気恥ずかしすぎて、最終的には視線を逸らしてしまった。もうこの際勝ち負け関係ない。
ぁーっと低く唸る。あと、言い訳するとしたらもう一つだけ、
「…自分で作ったものはそれほどだろ…?だからオレはいいんだよ」
早口になった言葉気のせいだと言い聞かせて。
──午後を軽く過ぎ、昼ご飯時間もとうに過ぎ去って、そろそろ小腹がすき始める時分。
「…KKさん、なにやってるんですか?」
休日の日中。
サトウは不思議そうに小首を傾げていた。と、いうのには理由がある。ジーッと見つめる先には、日頃立たない台所にKKがいたからだ。
あまり見られない光景に、サトウにしてみれば疑問に思うことはまあ当然であって。
「ん…?ああ、ちょっと、な」
サトウの声に、KKは微妙に口を濁す。
不審そうにこちらを伺う気配を背後からがありありと感じられるが、今はとりあえずとばかりに横へと流した。
KKは台所の、厳密に言えばガスコンロ前に立っていた。眼前には火のついたフライパンが存在している。その中には丸いクリーム色のあるモノがジュウジュウと微かに音をたて焼かれていた。
頃合いみて、フライパン柄を持ちあげる。ほっと、小さな掛け声をあげ、揺すりあげながら中身をひっくり返す。器用に空を舞ったそれは無事着地をはたし、こんがり美味そうなきつね色が現れた。最大の難所は越えたようだ。ふうと小さく息を吐く。同時に香ばしく食欲をそそるいい匂いが広がった。
と、その時、
…くう~
と、どこか間延びした、盛大に何かを訴える音が、KKの背後より聞こえた。
すぐにわたわた慌てる気配も感じたが、一つ苦笑を返し、だが、振り返ることは決してしなかった。
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「ほらよ」
出来上がったものを皿の上に乗せ、少しだけぶっきらぼうに、手にした皿をサトウに押し付ける。
「わぁっ…!って、え、これって…」
ほのかに顔を赤くしたサトウがKKの行動に驚きを隠せず、見つめる先には、
丸い平ぺったく、出来たてあつあつのきつね色の物体。
甘い琥珀色の蜜が表面をたっぷりに覆い、上にはちょこんと四角く切られたバターが。
ちょっとした小腹を満たすには最適なおやつ──、ホットケーキが美味しそうな香りを纏いつつ、悠然とした姿を晒していた。
「腹、へってんだろ。冷めないうちに食っちまえよ」
「えっ…!でも、KKさん…!」
お腹すいてるんじゃないんですか…?
サトウにしてみればKK自身が空腹であったため、自分の為に作ったのではないか…?と思ったのだ。そして当然、自分が食べてはいけないんじゃ、と目線で訴える。
しかしそれをKKは即座に否定した。
「たまにゃいいだろ、オレがお前に何か作るのも」
いつもは、僕がご飯作りますよとあっさり言うサトウだから、KKはなんの不満もなしに、じゃあよろしくと答えた。むしろ手間かかることもないし、美味い料理にありつけるので万々歳なのだが。
だけど、さ。
──優しくしたいんだ、お前に。
別に不思議なんかじゃねえだろ。好きだと思っているんだから。
めためたに甘やかして、心からの笑顔を拝みたいんだよ。
──だが…、厄介なものだな。相反する表情…、逆であるはずの泣き顔だって見たいと、オレは思っているんだ。
酷い奴だ…と自分でも自覚はある。だが、オレのせいでお前が悲しい思いをしたり、身を焦がす憤りを感じてくれるならオレはそれを…心底愛しいと感じているんだよ。
最悪な人間だとわかっている。しかし、くるくる変わる表情、どれか一つなんて選べない。どれもお前なのだから。
わがままな奴だともわかっている。だけどな、両方、いやそれこそお前の全部、オレは欲しいと思ってるんだ。
「…ありがとう、KKさん」
KKの意図に気付いたのか、サトウはまるで花が咲き綻ぶような満面の笑顔を浮かべた。極上の報酬に、まずまずだな、とKKは絶賛する思いだった。
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それじゃあいただきますね。皿を受け取ったサトウは始終笑顔を振りまきながらテーブルへとついた。
その姿を遠巻きで眺める。
ふわふわに焼いたホットケーキ。
──美味そうに、大事そうに、一口一口を運ぶお前に、心底ホレているんだと気付かされる。
手軽で美味しく食べられるそれは好きなものだと言っていた。現にオレにも振舞ってくれたことがある。僕、美味しく作れるんですよ、と胸を張って。正直さほど期待はしてなかったが、作ると言うことなら食べると、答えた。
小麦粉を牛乳と卵で練った単純なものなのに、優しい素朴な味に大きな感動を覚えたのはなんとなく秘密にしていることだ。
──決して他言できない人生を送ってきた中で、お前と出会った幸運に…、想いが通いじあい、結ばれた奇跡に、オレは運命のカミサマがいるのなら、感謝してやらなくもない。まあ美人な女神様だというのなら諸手をあげてお礼しにいくのだが。
──日常だがかけがえのない幸せ。お前と共にいること。
温かなオーラを近くで感じたくて、自然な動作でテーブルの向かいに座る。
夢中でフォークを動かす姿を眺めながら、ぼんやり思いをはせた。
・
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「…ああ、美味しかった。ごちそうさまです」
「そりゃよかった」
パン、と軽い音をたてて手を合わせ、行儀良く一礼をする。
今までまん丸大きなホットケーキが陣取っていた皿は、見事に元ある姿を見せていた。
「とっても美味しかったです!もうお腹いっぱい」
満足げに膨れた腹を両手でさする。
「…あまり台所に立たないオレが焼いたホットケーキはお気に召したようだな」
「もう…っ、KKさん」
サトウの、KKに対する料理云々の疑惑の念をおくっていたことはバレていたようだ。
揶揄して返したKKに、サトウはぷうっと頬を膨らませて拗ねてみせた。
子供っぽい仕種に、クッと苦笑が洩れる。一つ一つの動作が可愛くて、
どこまでオレを魅了するんだよ。
聞こえないように一人ごちた。
・
・
「あれ…?KKさんは食べないんですか…?」
「ああ、さっきのあれ一枚で材料はきれた」
まんまタネ切れだと、答えるとサトウは顔を強張らせた。
急に様子を変えた恋人に、なんだ、とKKは顔を改める。
すると、沈んだ声が聞こえた。
「──美味しいホットケーキ、僕一人独り占めしちゃった…んですね」
ごめんなさい、と至極すまなそうに謝る恋人に、KKはすかさず否定した。
「オイオイ、別にお前が謝ることはないだろ。オレが勝手にやったことだ。大体、元から一人分しか用意してない」
まんまお前専用にするつもりだ、と告げれば、え…?と不安げにこちらを見上げる明るい色素の瞳にあたる。ここは隠し事なしにしたほうがいいのだろう、とKKは瞬時に悟った。
小さくため息をつき、渋々口を開く。
「お前に…、その、作ってやりたかったんだよ」
好きなんです、と言っていたおやつを。
・
気恥ずかしすぎて、最終的には視線を逸らしてしまった。もうこの際勝ち負け関係ない。
ぁーっと低く唸る。あと、言い訳するとしたらもう一つだけ、
「…自分で作ったものはそれほどだろ…?だからオレはいいんだよ」
早口になった言葉気のせいだと言い聞かせて。