Kサト小説①
さて、オレは使った道具でも片付けるかね、と席を立つ。──決して逃げてるわけじゃない、ただ片付けはきっちりしないといけないからな。それだけだっ。
心に念じ、シンクに向かうと、使用したボウルや泡だて器、フライパン等、汚れた調理器具が散乱していた。そういや、つっこんだままだったと気付かされる。常なら使用したあと、さっさと洗ってしまうに限る、と同時に行動を起こしていたのに。根っからの掃除人である自分だが、ペースが少し落ちていたようだ。
まあ、ここでは一番の優先することがあるからな。
一つ苦笑いを零しながらスポンジを手に取った。
KKが手を動かしてる間、サトウはなんの反応もなかった。否、なんらかのリアクションを起こしているのだろうが、あいにく背中を向けてるKKには見えなかった。
──人に背後をとられるのは嫌いだ。自分の見えないところでなにがおきてるか、敵がいないか、常に気を張らなければいけない。真っ直ぐに前を見据えて、確認できることができない。
だが、ここは違う。ここは表も裏も、そんなのは関係なかった。
自分がいて、彼がいて、ライバル件同居人、ならぬ、同居猫がいて。ただ、それだけだ。
その『それだけ』、が希少価値すぎて得られるはずが無いと思っていたのだけれど。
「それじゃあ、」
と少し含みをもったような声。先ほどの落ち込んだ様子でない。心痛めてる感じもしない。だが、何かを告げたい響き。
なんだ…?と引っかかりを覚えたKKは泡立てたスポンジを手にしたまま振り返ってみた。すると、存分近い距離にいるサトウがいて。ここまで近いとは思わなかったKKはらしくもなく怯んでしまった。そのほんの一瞬にスキが生まれる。プロなら致命的なミスだろう。
だが、この場面を狙っていたサトウにとってすれば、またとない好機で。
──当然見逃すはずもなく。
そっと、細い指が頬に触れ、そのままつま先だちをする。顔が近づいてきて…、
「お裾分け…、です」
にっこりと、満面の笑顔。先ほどの花云々ではなく、こちらはどこか悪戯めいた、少しだけ質が悪いモノ。
数分、いや数秒にも満たない僅かな接触。
ふうわりと、甘い香りを揺らせながら離れていく。
小さく、「──ごちそうさまです」と言葉を紡ぎながら。
そのままサトウは踵を返し、自室へと消えていった。
いっそ緩やかな動作を、KKは呆然と見るしかなかった。
(ヤラれた…ッ!!)
口元に残るは
──バニラの香りとメープルの名残、そしてバターの香ばしい風味だった。
グワッと熱が顔へと集まる。感情の激流が凄まじい勢いを乗せて全身を駆け巡る。
堪えきれず顔を片手で覆ったのだが、どうにも治まりそうになり。今の自分は決して男前な顔ではないだろう。それだけだらしなく緩んでいる自信があった。…そんなことを胸を張って宣言できるのもどうかと思うが。
(あ~、ちくしょう…っ!)
今はただ、恋人からくれた最高の甘い余韻を味わっていたいから。緩む口元だけはどうしても押さえられそうになかった。
…顔半面泡まみれになってしまい、それに気づき、拭う余裕が出来るのはもうちょっと先のこと。