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非日常を笑う

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何があったか、
ではない。
何があるのか。

 幽が羽島幽平としての長期撮影の仕事を終え帰宅すると、自宅の扉には6つの鍵。
新たに増えた5つ。人気俳優の自宅とはいえ、さぞかし周りの住人は異様なものに思ったことだろう。幽は表情一つ変えることはなかったのだが。
「…はい、お願いします。」
幽は業者が到着するまでの時間を眼下に広がるネオンに輝く池袋の街を眺めてすごした。



連休休み前日。
 帝人は杏里に別れを告げると、真っ直ぐと家に帰ることなくぶらぶらと寄り道をしながら連休の過ごし方を考えてく歩いていた。その表情は明るいとは言えない。
 結局、帝人は杏里を誘うことも出来なかったのだ。正臣がいたなら、去年の様に3人で過ごすことが出来たのかもしれない。2年目の池袋で過ごすゴールデンウィーク、もう正臣はいない。何もない田舎で過ごすよりも、物足りなさを感じる連休休み。帝人は変わらない自分、変われない自分に絶望していたのかもしれない。帝人は心の隅の方に巣食う薄暗い何かが嵩を増したのを感じた。
 社会人や、一足先に連休入りしている人達がいるようで、いつも以上に人の波が濃い。
自分1人がここから消えたら、この池袋は変質するのか。寂しさなのか、馬鹿馬鹿しい考えを隅に追いやるとまた池袋の街を人の波を縫うように歩き出した。


 地を這う影が長さを増す。
「あ。」
もうそんな時間なのか。見上げてみれば空は茜色に染まっていた。
「帰ろう。」
 重い足取りのまま、何時もの道を何時ものようにただ帰るのみ。
そうすれば変わらない日々があるだけ、そう思っていたのに。

「あ゛っ…」
 路地に引きずり込まれたと思うと感じたのは後頭部への痛み。
悲鳴を上げる暇も無かった。通りを歩く人波は途切れることもないのにこちらに気付く人はだれ一人としていやしない。薄れ行く意識の中、帝人は何かが笑った気がした。





 微かに香るタバコの匂い。僅かなものなら心地よくて安心する、誰かがいるのだと意識できて。寝返りをうつと後頭部に乗っていた何かがたぷんと音を立て―ずり落ちた。満たされた気分で随分と気持ちが良くそのまま、まどろみの闇の中へ旅立とうとしていたのだが、

―カチャ
 部屋の戸をあけられる。
( あ )
近づく気配
( あぁ )
帝人は悲鳴を上げたい気持ちを押し殺し、目を瞑ったまま、ただひたすらに息を潜め寝たふりをした。
「まだ…起きてない…か。」
その気配の主は、ベッドの端に腰掛けると帝人を殴った当たりを恐る恐ると撫ぜた。
「竜ヶ峰、」
帝人はその声を知っていた。
「すまない。」
吐息が頬にかかり、触れる。その前に携帯の着信がなる。
気が削がれたのか、そのまま、もう一度だけその手は帝人を優しく撫ぜ、離れていった。遠ざかる気配に、帝人はそっと瞼を開ける、視界に映ったのは金髪、バーテン服。平和島静雄その人だった。



 帝人は完全に気配が消えるまで息を潜めたままで動くことができなかった、そして錠を閉める音が聞こえると深く息を吐いた。
「なんで、」
 帝人の声は震えていた。
平和島静雄に殴られ、連れてこられた。
予想できた事態が、それだけでそしてそれが帝人におきた事実であった。
身を起こし、混乱する頭を必死に整理する。
何故自分が此処にいるのか、何一つとして分からないでいたがすべき事は分かっていた。

「逃げなきゃ。」
内側の扉の鍵を開けるが、外からも錠がされているらしく開かない。
「電話…」
探し出した末に見つかったのは自分粉砕された携帯、そして固定電話も線が引きちぎられ壊されていた。
 ベランダから隣へと移れないかを試みるが、距離が遠い。
「どう…しよう。」
眼下に広がるのは池袋の街なのに、逃げる術を持たない帝人はそこから切り離されたことを意識し、絶望した。

それからどれくらいの時間そうしていただろうか。蹲り、外の風に晒されていたからであろう、扉が開いたことも、背後の気配も声をかけられるそのときまで気付かなかったのだ。
「竜ヶ峰。」
かけられた声に帝人は悲鳴をあげる。
「や、やだ。」
「おい。」
「来ないで。」
逃げる場所など無いのに、立ち上がれず尻をついたまま帝人はベランダの隅へと逃げ込む。
「竜ヶ峰。」
( こわい )
「何もしない」
( こわいよ )
「大丈夫だ」
( 誰 か )
「助けて。」
帝人に触れそうだった腕はびくりと震えた。そのとき初めて帝人ははっきりと見たのだ、サングラス越しに怯える、平和島静雄の瞳を。


   *  *  *  *  *  *



「おはようございます、静雄さん。」
  眠い目をこすりながら起きて来た帝人はトイレで静雄と入れ違いになった。
「あぁ。」
 5月4日、捕らわれて幾日目か。
池袋の喧嘩人形と称されるその人は、池袋で見た暴力さを片鱗もみせず、ただ――。
「今日は何時に帰られますか?」
「7時…いや8時かもしれねぇ。先に食っておけ。」
帰る時間はまちまち、早かったり遅かったり。
「何かいるものはあるか?」
頼めば帝人のアパートに衣類を取りに行ってくれたりもした。
「いえ、大丈夫です。」
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
 その幾人もの人間を殴り飛ばしてきた手で触れようとし、一瞬躊躇い、恐る恐る撫ぜるそれが彼の日課であった。傍目にみれば恋人同士の日常ただ違うのは、
 帝人には愛が無く、静雄には躊躇いがあるということだ。壊れ物に触れるように撫ぜると彼は帝人と池袋の街を隔離する扉から出て行く。
カチャン
カチャン
カチャン
カチャン 
カチャン
(あ、一個増えたんだ。) 
 その鍵の意を察することが出来ても、帝人はもうそこに恐怖を感じることはなかった。平和島静雄との生活は随分と恵まれたものであった。直接の暴力を受けたのは連れてこられるまでの最初だけで、それ以降は全く無い。帝人が暴れ部屋を滅茶苦茶にした時も、刃物をもって迫った時も、悲しそうな顔をするだけで外出外界との接触以外ならば何をしようとも許してくれる。
 不自由のない生活の引き換えに静雄が求めるのはった一つだった。眠った帝人を抱きかかえずっと懇願し続ける。
( すまない、許してくれ、俺はこわいんだ。 )
( 怖くて怖くて仕方が無いんだ。 ) 
 そんな静雄の呟きを毎日子守唄にして眠った。最初は出してもらえないことも病的な静雄も怖かった、しかし次第にその怖さを受け入れるようになった。異常さを受け入れていく自分を帝人は受け入れていった。受け入れることを覚えたとき、自分のなかに巣食っていた何かが影を潜めたように感じた。
 本来の居住者の居なくなった部屋で帝人はマグカップに注いだ砂糖とミルクをたっぷりのコーヒーを手にソファーでまどろむ。手持ち無沙汰にテレビをザッピングをするが惹かれる番組も無く直に電源を落とした。




―かど
―かど
―みかど
 瞳を開けてみれば静雄さんが居た。外は暗い、随分と寝てしまったらしい。
「どうした、なんで泣いてる?」
はたり。そういわれて目を瞬かせると、涙が行く筋も落ちていることに気付いた。
「えっと…」
作品名:非日常を笑う 作家名:社瑠依