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Kataru.(かたる)
Kataru.(かたる)
novelistID. 12434
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カレイドスコープ

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……カレイドスコープ……



 賑やかな話し声が、耳へと届いてくる。
 街ゆく人々の笑顔が、目に飛び込んでくる。
「……いいな」
 誰に言うともなく、言葉がこぼれ落ちる。
 それは、彼の王の御代が、少しでも平穏であるという証明でもある。
「そうだね」
 横に並んで歩く黒髪の男が、頷いて微笑んだ。同じことを思っていたものらしい。
「少なくとも、皆、同じ太陽の下で生活している」
「照る日を、平等に受けていられる…ってね。……でも、最近、ちょっと太陽が眩しく感じられるんだよ」
 頂点から水平線に向けて傾き始めた太陽は、なるほど、目に痛いほどの光を放射している。
 手を翳してそれを眺め、絳攸は微笑んだ。
「……だな。夏と言うことか、それとも……」
 歩を進める。
 日光が目に眩しいのか、もしくは、光そのものが眩しく感じられるのか。
「内朝に、日は差さないということか」
「おや、怖いことを言ってくれるね。私はそんなつもりで言った訳じゃないよ。ただ、夏の太陽は眩しいな、と思ってね」
 否定はしないけど、と楸瑛は心地の良い声で笑って見せた。
 休暇中らしく、いつもの冠ではなく後ろで高く括っただけの黒髪が、楸瑛の歩む動きに連動して、緩く揺れている。男であるが、女のように光沢のあるそれは、見る者を引きつける魅力に満ちていた。
「今日は、珍しいな」
「何が?」
「その髪」
 手で梳けば、さらさらと絹のように手を伝っていく。
 こそばゆそうに苦笑して、楸瑛は首を振った。
「ああ、うちの弟が丁度こんな髪型をしていただろう? 長い髪は、夏場は少し暑いから、あの髪型が丁度いいかなと思って」
「ふふ……、そうすると、やはり兄弟だな」
「どういう意味だい」
 横目に軽く睨まれて、絳攸はさらに笑った。
 年は離れているが、二人は立派な兄弟なのだ。こんな些細なことでも、ああ似ているな、と感じられるのが面白い。
「笑いすぎだよ。酷いじゃないか。それに、あれと兄弟なのはもう覆せないんだから仕方ないだろう? 私だって信じたくはないけどね」
「おい、お前こそ酷い事を言っているじゃないか」
 ふふ、と笑いあう。
 平和という二文字が、空一杯広がっている気がして、絳攸は両手を広げた。その手を楸瑛はつかみ、そして恭しく口づけた。
「それでは、行きましょうか、姫」
「姫とは何だ、姫とは。気色悪い」
 ふん、とうそぶいて、絳攸は赤くなった顔を楸瑛の目線から逸らした。
「おや、お気に召さなかった? ……そういえば、絳攸。今日は休暇だって言うのにあまり変わらない服装だね」
 掌を掴む手を、そのまま服へと滑らせる。見ればなるほど、確かにいつもと変わらない、薄水色の衣服だ。髪も綺麗に結い上げられている。
「……俺はこういったのしか持っていないから。それに、……」
「それに?」
 ふと真面目な顔になって、絳攸は少し俯いた。その瞳が、寂しそうに揺れる。
「黎深様が、……俺の髪の毛に紅い色は似合わないとおっしゃって」
 絳攸の髪の色は、光を透かすような青銀色だ。水色に見えなくもないこの色では、確かに紅家の深い紅色は似合わないのかも知れない。
 しばしの沈黙が、二人の間に横たわる。けれど、楸瑛は慰めるように微笑んで、その頭を撫でた。
「よしよし」
「な、子供扱いするな!」
 怒声と共に、楸瑛の腕を払いのける。
 怒りを宿らせて見上げれば、楸瑛は可笑しそうに笑っているばかりだ。いよいよ絳攸は目を据わらせた。
「貴様なんか、知らん!」
 鼻息も荒く、大股で歩みを早めれば、焦ったように背後から名前を呼ばれた。
 振り返らずに進めば、絳攸を追い越した楸瑛が腰をかがめ、絳攸の顔を覗きこんでくる。
「ああ、すまなかったよ。私をおいていかないでおくれ」
「……」
「だから、ごめんってば。ほら、私が何か買ってあげるから」
「……」
「君のために、何でもするから、ね?」
 上目遣いで懇願され、何でもすると言われては、さすがの絳攸も眉尻を下げた。
「元々、そんなに怒ってはいないのだがな……。だが、何でもやるというのはまだ有効だからな、覚悟しろよ」
「はいはい、分かっているよ」
 仕方ないな、と笑ってみせるが、彼だって絳攸が本気で怒っていないのは承知の上だったはずだ。
 ならば、それは。
「丁度そこに出店が開いているから寄っていこうか。好きなものを買ってあげるよ」
 子供ではないのだから、と絳攸の眉根が少し寄せられるが、すぐにゆるめられた。
 何も言わないが、楸瑛なりに気を遣っているのだ。その気遣いが嬉しい。
 それに、何でもすると言った彼の言葉が、どこまで有効なのかを見極めるのも面白い。
「……ふん」
 とはいえ、素直に謝罪や感謝を述べるのは気恥ずかしい。
 絳攸は彼に先立って出店へと歩み始めた。
 それが、紅くなった頬を隠すためだということは、楸瑛にも分かっていた。



 出店はどうやら骨董品というか、雑貨というか、とにかく様々なものを扱っているようだった。今人気の高い染色装飾された布や、もう見なくなった古風な紋様が刻まれた杯など、店主の趣味で集められたというしかないものばかりがそこには揃っていた。
 奇怪だが、それ故に興味深く、絳攸も楸瑛もしばしの間、台の上に所狭しとならべられた商品を眺めていた。
「絳攸、これなんか良いんじゃないかい?」
 笑みと共に差し出された手に乗っていたのは、糸を幾重にも束ね、編み、複雑な紋様を作った紐だった。太さはないが、所々に見える金の糸が一層それを優美に見せていた。
「丁度、髪をまとめるのにいいだろう」
「……」
 絳攸は言葉が出なかった。他の商品と同じく覆いも無しにならべられているが、これはかなりの代物だ。証拠に、編み終わりの始末に使われている石は、希少価値の高いものである。
 そして、その色は燃えるような、紅。
「楸瑛、待て、お前……」
 焦って袖を掴めば、何故だと首を傾げてくる。
「買ってあげる、と言っただろう?」
 躊躇うことなく、代金を支払い、紙袋を受け取る楸瑛。
 はい、と手渡されては、大人しく受け取るより他に術がなかった。
「……ありが、とう」
「どういたしまして」
 やけに上機嫌な楸瑛の綻んだ顔を見ていられなくて、絳攸はすぐに陳列された品物へと視線を移す。
 手の中の紙袋を、しっかりと握りしめて。
「他に欲しいものはないかい?」
「……、これは?」
 出店の、端の方に転がっていた円筒を手に取る。
 木で作られた筒の周りの色紙は上質なもので、切り絵で装飾してあるのは繊細な四季の花だ。
「おや、珍しいね、万華鏡だ」
 万華鏡とは、円筒の中に、三角形の鏡、色を付けた硝子の小片を入れ、一方を擦り硝子で塞ぎ、もう一方には覗き穴を作った玩具だ。回転させながら覗きこめば、硝子の小片が視界一杯に様々な紋様を映し出す。その紋様が一度として同じものを映さないため、万華鏡と名が付いたのだという。
 太陽に翳して、それを覗きこめば、歪な形をした小片達が、鏡に反射して様々な紋様を映し出している。それが何とも言えず綺麗で、しばらく絳攸は筒を回し続けた。
 模様が、変わる。
 時には丸く、時には尖って。
 色が、回る。
 時には赤が、時には青が。
作品名:カレイドスコープ 作家名:Kataru.(かたる)