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Saint Valentine’s Day in2007

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二月に入ってからは特に色とりどりの包装紙で包まれたチョコレートで溢れかえっていた。
自国発祥の文化という訳でもないのに、その行事事はにかける女性の情熱は日を増すごとに加熱していく。
心なしか偶然に立ち寄ったデパートを歩く女性や売り場にいる女性は何処となく殺気立ってさえいる。
各々がこの日の為に、日頃溜り溜まった気持ちをぶつける為の準備運動の期間にすぎないのだが、何故その想いが殺気を感じさせるのか不思議な気もしなくもない。

そして、その想いが爆発する日が今日。
今日は出かけから可笑しかった。駅や電車の中で見知らぬ女性達に、会社の女性の方々に、帰り道にユーリと同じ歳くらいだろうか、高校生の女の子に複数個
・・・といった具合に結局地元の駅に着くまでに紙袋二袋分のチョコレートを下げる事になってしまったのだった。
俺の恋人はこの姿を見て何て言うだろうか。
あの愛らしい顔で頬を膨らまして妬いてくれるのだろうか。機嫌を損ねるのは嫌だが、妬いてくれている姿も只管可愛い。
あぁ、恋とは良いものだ、そんな風に会えない時間も想いを巡らすだけで楽しくて仕方がない。
妄想で脂下がった顔に冷水を浴びせかけられたかのように意識を引き戻したのは、上り坂の途中、坂を上る車の排ガス。
咽て汚い空気から逃げるように体を捻ると、そんな良いとは言えない環境にも負けずに元気に咲く花と、花屋の宣伝文句が視界に入った。


『V.D.には大切な人に花束を贈ろう』

    
選定の末選んだのは薔薇の花。
肉厚の花弁は深紅のベルベットの布地を思わせる様に美しい。
綺麗に包装された薔薇の花束を手にすると、足取りは坂道など忘れたとでも言うかの様に、恐ろしく軽い。
いつもと違う女性陣の積極性に少しうんざりしていたのも事実だ。
改めて見回してみると分かる。昨日とも明日とも違う風景。この日には笑顔が溢れている。
想いを秘め伝えられずにいる少女の背中を押し、そして伴侶を持った者は日頃伝えきれない「ありがとう」の気持ちを込め、
この街に溢れた笑顔には包装に負けず劣らずの鮮やかな色とりどりの気持ちが詰まっているのだろう。

酷く会いたい、あの人に会いたい。離れていた時間は一日も経ってはいない。
なのに今日は長い間会えなかったかの様に会いたくて仕方が無い。


足早に帰ると、鍵を掛け忘れたのであろう・・・鍵を差し込むまでも無くノブは回った。
物騒なと思うが今日は特別、お小言は無しの方向で。
戸を開けると物音に気付いたのか奥のキッチンの方からエプロンをしたままのユーリがパタパタと駆けてくる。
花束は背に隠し、紙袋は床に下ろしてもう一方の手を空ける。
「ただいまユーリ。」
靴も脱がずに性急に胸に抱き寄せてしつこく唇を啄ばむと腕の中にちんまりと収まった彼の頬は赤く染まる。
この人は何年も、一緒に暮らし始めてから始めたこの挨拶を、それこそ数え切れない程しているというのに、一向に慣れずにいつも愛らしい反応を返してしてくれる。
「お帰りコンラッド。」
キスの余韻から一拍置いて少し掠れた艶っぽい声で出迎えの挨拶。
これは計算でなく無自覚な天然なものだから堪らない。
「それにしても多いよなー。全部で幾つ在るんだよ,そんなけ持って歩いている姿って世の男性諸君に対して嫌味だぞ。」
意識はもうチョコレートの山に向かっているようで、胸に軽くもたれたままの恋人は苦笑いを浮かべる。
「愛しているのはユーリだけですから。」
しれっとした顔で言い返すと、ぶつぶつ何か言っていたようだが仕舞には溜息を付き、バカの一言。
軽く胸を押され抜け出ようとしているようだが離しはしない。

「これは貴方に。」
背に隠した侭だったラッピングされた薔薇の花束を胸に抱きこんだ儘のユーリの目の前に。
「バレンタインなので。」
普段なら薔薇の花って高いんだぞーとお小言が出てしまう彼も今日は違う。
ユーリは胸に抱えた薔薇の色に染まる宜しく、頬を紅く染めていて、その姿は恋人の欲目なく可愛い。
こんなユーリの姿は他人の目には見には晒せない。晒す予定など更々無いのだが。
「気障…でも、ありがとうな。」
見蕩れて気を抜いたほんの一寸、腕から逃れた彼は身体を反転させ向き合い首に手を回し頬にに触れるくらいのキスを一つ。
「着替えてこいよ。メシ出来てるから。」
照れ隠しの様に呆気に取られる俺の反応も見ずにパタパタ走ってキッチンに戻っていってしまう。
恋人の大胆な行動にフリーズしていた脳も、数秒後には復活し頬が緩んで仕方が無い。


「それでユーリは幾つ貰ったんですか?」
「ふえっ?」
最後の白米と鯖の味噌煮の咀嚼中らしく生返事が帰ってくる。
今日は鯖が安かったらしい。ユーリの作るご飯は純和食、暖かい日本の家庭の味だ。

それで、
「チョコを幾つ貰ったんです?」
「紙袋二袋分貰ってきた奴には言いたくない。」
即答でぶった切られる。
嫌味を言ったつもりは無いのにユーリは頬を膨らましてプイと横を向いてしまう。
気を損ねてしまったか・・・。
「まぁ,でも今日は今までで最高数貰ったんだぜ。」
ニヤリと浮かべ、どうだと謂わんばかりの視線。なんとも気に入らない。
「そうですか。」
「んな何でそんなあからさまに不機嫌になるんだよ。」
急に冷たくなった態度に焦ったらしく問いただされる。
「それはユーリに惚れている人が三人も居るって事でしょう?」
ブニー。
嫉妬の言葉を吐く口を戒めるかの様に、食卓代わりの炬燵に身を乗り出し向かいに座った俺の頬を抓りながら続けた。
「最高数って言っても3つだ、3つ!一個はお袋これは親父のついでで毎年の事、一個は村田これは五円チョコ、もう一個は近所のおばあちゃんだって。
この前言っただろ?歩道橋で荷物重そうに運んでたから手伝ったって。チョコはそのお礼だって。女の子には貰ってないの!いや、おばあちゃんも女の人だけどそれは置いておいて!
・・・・・・気なおしたか?」
「ええ。」
別に怒っているわけではない、嫉妬していただけで。


「あっ・・・そだ。」
ポンと手を打つと、空の食器も手にを炬燵から出て流しへと向かい、キッチンの奥へと消える。
そして明らかに背に何かを隠し、
ふっふっふー。悪戯が成功したと喜んでいる幼子の様な表情でユーリが戻ってくる。
「これ俺からな。」
コトンと手に落とされたのは不恰好なラッピングの施された箱。
「開けていいですか?」
「もちろん。」
シャイな人だから、人目を気にしてこの時期のチョコレート売り場によるのさえ躊躇うだろうと踏んでいた分、
良い方にそれが裏切られて嬉しい。

きっと今の俺の顔はチョコレートをくれた女性が見たら幻滅する程に情けなく緩んでいるだろう。
リボンを解き包みと蓋を外すとフワフワした紙の束の上に苺の半分チョコに浸し色付きの砂糖が塗してあるのが3つ。
「フォンデュですか?」
「ん。コンラッドはきっと沢山チョコ貰ってくるだろうし、甘すぎるのも飽きるかなーと思ってシンプルに。
まぁ…実際の所細かい女の子みたいに細かい細工ができねーしこういうズボッと浸けてババッと振り掛けるだけで出来る方が失敗しないしな。」
照れ隠しの身振り手振りはオーバーで見てて楽しい。