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Kataru.(かたる)
Kataru.(かたる)
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トクベツに、

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……トクベツの意味……



「いいか、テメェら。ここに、同じ容積で深さが20cmの直方体の水槽、AとBがある。二つは空で、それぞれ給水管から水を入れるとAは毎分acm、Bは毎分bcmで水のかさが増す。そこで……」
 二つの綺麗な直方体を黒板に描いたところで、並盛中数学教師の獄寺隼人はぴたりとその動きを止めた。
 背後、距離にして約5メートル、俯角6度、7時の方向。そこに到達するだけの力は……
 瞬時に全てを計算し、獄寺は振り向き様に左手に持っていた黒板消しを投げた。
 チョークの煙を纏う黒板消しを颯爽と投げる獄寺の姿を見て、ミーハーな女子は「スモーキン・ボム隼人先生」と呼んではしゃいでいる。
「授業中に寝てんじゃねえよっ!」
 狙いは正確にその忌々しい額を狙っていた。……狙っていたのだが、当たらなかった。
 ちっ、と獄寺が忌々しそうに舌打ちをする。
「ん〜?」
 もそりと起き上がった男子…並盛中二年、山本武は右手で器用に飛んできた黒板消しを掴んでいた。
「あ、やっべ、寝ちまったかぁ……」
 ぽりぽりと頭をかく山本に、周りの男子から「いいぞー」と野次が飛んだ。
 女子には人気のある獄寺だったが、男子からはいまいち評判が良くない。授業がやたらと厳しいことや教師に見えないチャラチャラした感じが、一部の男子の反感を買っているのだ。
 噂では、不良グループでさえ獄寺の前では従順になるらしいが。
「寝ちまったかぁ…、じゃねえよ! テメェ、オレの授業を何だと思ってやがる!」
「すんません、つい」
「つい、だぁ? いい度胸じゃねえかテメェ、オレの授業なんか聞かなくてもわかるってことだな、あ? よし、(1)解いてみやがれ!」
 バンッ、と黒板を平手で打つ。手にはいくつものシルバーアクセが身につけてあるので、余計に音が大きくなった。それでも眠気の覚めない瞳でそれをぼんやりと眺めて、山本が立ち上がる。
 (1)……Aの水槽の水の増え方を示すグラフを見て、aの値を求めるという問題だ。
「aの値ねぇ……じゃあ、5あたりで」
「適当に解くんじゃ、ね……」
 怒鳴りつつ、解説書に目を落とした獄寺の瞳が驚愕に見開かれた。
「いや、合って、る……か」
「おおっ、やりぃ!」
 周りからも歓声があがる。
 山本が一瞬にしてクラスのヒーローとなってしまった。
 くしゃ、と獄寺の手の中で解説書がつぶされていく。その様子を見ていた綱吉が慌てて仲裁に入ろうとするが、口下手な綱吉はどう言っていいものか迷うばかりで結局何も言えずに焦るばかりだった。
「テメェらの気持ちはよぉく分かったぜ…そんなに授業が嫌だっつんなら、今から抜き打ちテストだ! 範囲は一次関数!」
 えー、という声がクラスの全体から起こった。もちろん、綱吉も含まれている。とんだとばっちりだ。
「えー、じゃねえ! いいか、3点以下は放課後に補習だからな!」
 言いながら、既にやる気満々な獄寺は手近な紙に問題をサラサラと書き、印刷をしに教室を飛び出していってしまった。
 教室は一気に騒然となったが、山本だけは暢気ににこにことあくびをかみ殺していた。
 何てチャンスだ。
 と、そこへ青い顔をした綱吉がやってきた。
「どうしよう、山本、オレ一次関数全然分かんないんだけど!」
 おろおろしているツナを見て、山本はにやっと笑った。
「大丈夫だってツナ。……お前だけは絶対に補習にはならねえよ」
「……え?」
 どういうこと、と問うより先に、教室の扉が荒々しく開かれた。ぎょっとして振り向けば、そこには印刷機をフル稼働させて来たらしい獄寺の姿があった。
「テメェらさっさと席に着け! テスト始めるぞ!」
 そして、即席テストが、全員の机に配られたのだった。



 放課後を告げるチャイムが鳴る。
 獄寺のクラスには、一人の男子がまだ座っていた。
「……テメェ、やっぱアホだろ?」
「何がッスか?」
 煙草に火をつけようとする獄寺に微笑みながら、山本はとぼけて見せた。
 獄寺の言いたいことは分かる。何せ今回のテストを白紙で出したのだから。
「折角オレが簡単な式変形問題出してやったのによ……」
 やっぱり、と山本は心の中で頷く。
 このクラスには彼がもっとも敬愛する沢田綱吉がいるのだ。彼だけに簡単な問題を出すわけにはいかないだろうから、結局簡単な問題の羅列になるのだ。
「だって…」
 くいっ、と山本が獄寺の唇から煙草を抜き取った。
 驚く間もなく、その薄く開かれた唇に山本は自身のそれを重ねる。
 苦味が山本の口の中で広がったが、それも獄寺を取り巻く一つだと思えば愛しくなる。
「そうすれば、獄寺と放課後二人きりになれんじゃん」
 口をずらして耳元で囁けば、獄寺の体がぴくりと震える。
「…先生、を、付けろ…っ」
「二人きりだぜ」
 必至に言い募っても、山本の顔は一向に離れてくれない。
「ここは学校だ…!」
「いーや、……二人きりの部屋、だろ?」
 そんな、と首を振る獄寺の一回り大きい身体を山本が抱きしめる。
「最近、つれないじゃねーかよ……いいだろ?」
 意味ありげに身体をなぞれば、ひくりと震える。
「約束したよな? ……二人っきりのときは」
 生徒も先生もない、ただの恋人同士に戻ること。生徒と教師という関係を酷く気にした恋人とベッドの中で交わした甘い約束。
「……、だ、だからここは学…」
 言葉を封じ込めるように優しく口付ける。
 抵抗のつもりで伸ばした指が、いつの間にかすがるように山本のシャツを握りしめていた。
 甘い息を吐いて、唇が離れてゆくのをぼんやりと眺める。最初は本当に何も知らない無知な子供で、勉強も出来ないただの野球馬鹿だったのに、キスだけは上達がやけに早いと思う。嫌なヤツだ。
「ごくでら…」
 愛おしそうに名を呼ばれて抱きしめられて、獄寺は恥ずかしそうに俯いた。
 でも、この嫌で嫌で堪らない程に真っ直ぐ情をぶつけてくるヤツが、堪らない程に好きなのだ。
「…お前、やっぱムカツク」
「何が」
 山本が拘束を緩めて顔を覗きこめば、少しだけ潤んだ視線が絡まる。
「バカなのか、利口なのかわかんねー…」
「はははっ、そりゃどういう意味だよ?」
「……こんなことしなくても、…今夜会いに行こうと思ってた」
 告げた途端恥ずかしい気持ちがこみ上げてきて、獄寺は山本の胸に顔を埋めた。
 山本はその言葉ににやりと笑う。
「じゃあ、ちょっと時間早くなっただけじゃねえか。丁度いいって」
「な、……!」
 山本の手があらぬ所に伸びてきたのを悟って、獄寺は山本の身体を引きはがそうと必死になった。
「やめろっ、野球馬鹿、……ぁ、っ、テメッ…!」
 ぐいっと山本の身体を引きはがした瞬間、獄寺は目の前の光景に凍りついた。
 急に動きを止めた獄寺に気をよくして、山本は更に手を伸ばしてくる。
「抵抗すんなよ、獄寺……お前もその気だから今夜……」
「待てよ、そうじゃねえ!」
「待たない」
「待て! 頼むから待ってくれ、後ろを見ろ野球馬鹿!」
 容赦なく蹴りを入れて山本の動きを止め、後ろを向かせる。
 そして、顔を顰めて振り向いた山本も目を見開いた。
「か、火事!?」
作品名:トクベツに、 作家名:Kataru.(かたる)