トクベツに、
獄寺から奪ったまま忘れていたタバコがいつの間にか床に落ち、小さく燃え広がっていたのだ。
「うわっ、獄寺、水! 水!」
「うるっせーな、分かってんだよっ!」
足で踏みつけると、まだ小さかった火はすぐに消火された。
あわやの大惨事に、思わず沈黙が訪れる。二人とも対した運動をしていないのに肩で荒い息を吐いていた。
「……学校でタバコやんのはちょっと危ないかもしれませんよ、センセー?」
「な、お前がちゃんと持ってなかったからだろうが!」
タバコを取られた理由を思い出して、獄寺は赤面して怒鳴る。しかし、その赤い顔が攻撃力を持っているはずはなく。
「こんなことになりたくなかったら、次からその唇はタバコじゃなくオレのために空けておいて下さいよ、獄寺センセー……?」
耳元で囁き、唇に触れるだけの口付けを施すと、獄寺は更に赤くなった。
「ったく……野球馬鹿のくせに…」
苦々しげに呟くと、獄寺は山本の襟元を掴んでぐい、と自分の方へ引き寄せた。
「だったら、タバコ吸う暇もない程オレの唇を奪えればいい…満たせばいい」
目の前にある山本の日に焼けた額に口付けてにやりと笑う。残念ながら場数は自分の方が先に生まれた分、踏んでいる。年下である山本に振り回されるだけなのは御免だ。
「後悔すんなよ、獄寺?」
この男にしては珍しく少しだけ赤くなった顔が獄寺のそれに近づいてきた。
しかし、獄寺は唇が触れ合う寸前で手を挟み込んだ。そしてそのまま呆ける山本を押しのけて、席に座り込む。
「しかし、だ。とりあえずオレの相手をするには一般教養くらい身につけてもらわねえとな。……何ボサッと突っ立ってんだよ、座れよ」
何か反論を許さないオーラに、山本は静かに元いた席へと着いた。嫌な予感がする。
「折角…お前だけのために作って来てやったんだぜ? まさか、受け取れねえとは言わないよな?」
にやにやと見下ろされて、山本は引きつった笑みを浮かべた。しまった、墓穴を掘った。
「お前自慢のテクニックで……オレに良いって言わせてみろよ」
わざと卑猥な単語を選んでいる。質が悪い。
今にも下半身は暴走を始めそうだというのに、この男は。
「後悔するな、だと? ……それはオレのセリフだぜ」
楽しげに笑う意地悪な先生を見つめて、今夜は何をして泣かせてやろうかと思案しながら、山本は獄寺特性補習プリントに勤しみ始めたのだった。
作品名:トクベツに、 作家名:Kataru.(かたる)