非日常の幸福
骸相手で問答をすると疲れるということを悟って、雲雀は強行手段に出た。
手渡された箱から小さなチョコを取り出すと、骸の口の中へ放り込んだのだ。
「僕は食べないから」
ふん、と見つめれば骸は困惑したように、口の中のチョコを噛んだ。
そう、自分は食べないのだが。
「食べないけど、……味見はさせてよ」
そして、唐突に雲雀は骸の唇を奪う。
「ん、……っ」
骸の口の中に、広がる、香しいカカオの香り。
香ばしいそれを胸一杯に吸い込み、雲雀は想う様骸の口腔を探った。
まだ残っていたチョコの塊を、二人の舌の熱さで溶かすように。
いつの間にか、二人は夢中で唇を奪い合っていた。
「……うん、甘いね」
「当たり前、ですよ」
舌先の熱い情交はいつしか終わりを告げ、静かに顔が離れる。
視線が合うと、二人は微笑んだ。
「毎年この時期はチョコばかりでうんざりするんだけど……こういうのなら、いいかもね」
この陽気のせいなのか、幸福感が胸をいっぱいにしているのを感じていた。
らしくない。
らしくないが、雲雀は骸の笑みを見てそれでもいいかと思った。
「おや、……では僕が来た甲斐もあったということですね」
黒と濃緑の学ランが風になびいている。
「何、君は自分の手柄にしたいわけ？」
日常の中の非日常は、あまりにも儚い。
それ故に、雲雀は心からそれを楽しんでいた。
「違いますよ。……ただ、来たことを後悔したくないだけですよ」
例えば、そうして隣で微笑んでくれることが嬉しくて仕方がない。
「……へえ、そう」
例えば、こうして会いに来てくれることが嬉しくて仕方がない。
「……あなたは、」
続きは、言わせなかった。
答える代わりに、熱いキスを送る。
後悔なんて、していないよ。
骸のキスは、微かにビターチョコの味がした。
了
作品名：非日常の幸福 作家名：Kataru.(かたる)