神様のギャンブル
「でも、先日兄から物凄く怒られまして…。アーティストを外面で選ぶのは、アーティストに対して非常に失礼な行為だ、と。俺は、確かに兄が所属しているからと少しだけ贔屓目に《ダラーズ》のことを考えていました。でも、その音楽性を全く無視していた訳ではない…寧ろ、ただ単純に、俺は《ダラーズ》のファンなんです」
そこで、幽はほんの僅かに笑みを浮かべて見せた。口調にも心なしか熱が帯びてくる。
「兄が居ても居なくても、俺はきっと《ダラーズ》のファンになっていたでしょう…兄からの電話を聴きながら、強くそう感じたんです。どうやら、俺の所為で兄は《ダラーズ》を抜けてしまったみたいですが…いや、だからこそ、俺はこうして公式に三者交えての審査で兄貴抜きでも《ダラーズ》を推す俺の意見を認めて貰いたいと思ってるんだ」
臨也は一瞬呆気に取られ、次いで、どうにも可笑しくなってくすくすと笑い始めた。幽は全く感情の読めない表情で臨也を見詰め、企画担当の男は眉を顰めて臨也を睥睨する。帝人が慌てて臨也を小突くが、臨也の笑いは止まってはくれなかった。
「随分と…ふふっ、随分と、クサい台詞をおっしゃいますね、羽島さん。それが台本でないと良いんですがねえ…ああ、いや、失礼……審査に対しては異論はありませんよ。何が起きても対処できる仕上がりになってますからね」
思いがけなくクサさ、否、人間臭さを幽から感じて、不機嫌だった心が次第に愉悦に支配されていく。視線を送って帝人を促して、デモテープを幽へと差し出させた。帝人は堕ち尽きなく目を動かしているが、曲の仕上がりに絶対的な自信を持っている臨也は逆に余裕の表情で椅子へと深く座り直す。会議室に出来上がった曲が流れ始め、すぐに幽だけでなくその隣でこちらへと胡乱な人物でも見るような視線を向けていたスタッフでさえ曲に聴き入っている様子を確認して、臨也は目を閉じる。結果はもう分かっている。綺麗な笑みを浮かべる臨也の隣で、帝人もまた、満足気な笑みをひっそりと浮かべていた。
暫くして、曲が静かにフェードアウトしていく。音が完全に途切れ、会場がテープの残りの微かなノイズ音に包まれても、圧倒的な曲の余韻に誰も指一本動かせないで居た。
「……す、ごい」
ぽろり、と。幽では無い声が聞こえる。勿論帝人でも、自分の声でもない。臨也は完璧な勝利を手にした喜びに満面の笑みを浮かべて見せた。
「どうですか、俺達の《ダラーズ》は」
「……正直、ここまでとは…思っていなかった」
「言ったじゃないですか、滅多に他人を認めない俺の兄貴がブッたまげる曲を創り上げるって」
感動か興奮か、震える息を吐きながら、スタッフが《ダラーズ》のリーダーへと、帝人へと向き直る。
「君が、この曲を書いたのか。まだ、高校生だろう」
机に無遠慮にも肩肘をついて、臨也は帝人を眺める。自慢の生徒を褒められている気分だ。
「いえ。…この曲は、私は少々アレンジを施しただけです」
柔らかく微笑みながら静かに言い放った帝人の言葉を拾って、がた、と臨也が立ち上がった。
「帝人くん、…もしかして、この曲…って」
その微笑みを崩さないままの帝人と視線がかち合う。は、と臨也は思い出した。そういえば、この曲のスコアは2つあった。一週間にスコアを2つ書き上げるなんて常人には無理だ。だとしたら、この曲は。
「はい、想像の通り…ほぼこの曲は平和島静雄さんの作曲です。…ごめんなさい、臨也さん。実は、静雄さんから電話を貰って…」
静かに、帝人が真実を語り出す。
実は、静雄は、幽へと電話をした後すぐに帝人へも電話を掛けていた。まずは、メジャーデビューの裏話を身内のことだからと必要以上のプライドを持って黙っていた事への謝辞を、次いで、恐らく幽は自分が《ダラーズ》を抜けるとしても、大企業相手に啖呵を切ってしまった以上《ダラーズ》の起用を取り下げる事はしないだろう、もしかすると企業の対応によっては審査制になってしまうかも知れない事、そして《ダラーズ》へはもう戻る気はないという内容を告げた。そこで、どうしても静雄に抜けて欲しくない帝人は機転を利かせて、これから上がるであろう臨也の詩を二人でそれぞれ作曲して、出来上がった曲を企業或いはレーベルに審査して貰い、選ばれたのがもし静雄の曲であるなら、それは《ダラーズ》に静雄の存在が必要であるとみなして戻ってきて欲しい、と提案したのだ。勿論、帝人も静雄も自分の所有する全ての能力を駆使して真剣勝負をすることが条件だ。奇しくも、帝人のポテンシャルに多少なりとも嫉妬していた静雄の封印したはずの闘争心を呼び起こしてしまう形になったのだが、それは静雄しか知らないことである。
「でも…審査の前に、臨也さんが僕の曲より静雄さんの曲を選んでしまったから…やっぱり、《ダラーズ》は三人で一つなんだ、って…思ったんです」
嬉しそうに笑う帝人に。臨也は言葉を失う。
確かに、確かにあの曲は新しく聴く曲だというのに何故か長年連れ添ったかのような安心感をもたらした。癖のある自分の詩によくここまで音を乗せたと、そう、思った、のだ。そう考えれば、確かに、自分の詩を一番長く、身近で見てきたのは静雄なのかも、しれないが。
「まさか…そんな…」
「何だよ、作曲が俺じゃ不満か、いーざーやーくん?」
臨也が過剰な反応で振り向けば、そこにはいつの間にか入口に寄りかかるようにして普段と変わりないバーテンの格好をした静雄がにやりと揶揄うように笑いながらこちらを見ていた。
「臨也のクソ歌詞に曲付けんのはスゲー苦労すんだよ、褒めてもらいたいねえ、帝人にゃ褒めたんだろ? ねえ、臨也くん?」
予想外過ぎて声が出ない。
「どうですか、羽島さん。…『静雄さん無し』でも、ちゃんと認めてもらえましたよね?」
「……ああ。兄貴って、改めて、凄いと思った」
よせよ、と本気で照れたように静雄が笑う。
臨也は状況を頭で整理し直して、そして細く長い溜息を吐くと、突如大声でげらげらと笑い始めた。
「あはははっ、いい、いいよ君達…ホント、人間ってこうだから面白いなあ」
すとん、と椅子に再び腰を落ち着けると、臨也は普段の強気な顔に戻って企業サイドへと視線を向けた。
それを見た帝人が静雄を手招きして椅子へと誘う。頑として臨也の近くには座りたがらなかったので、仕方なく帝人は一つ席を臨也の方へ移動して、端へと静雄を座らせた。幽がそれを見て小さく苦笑した事に気付いて、静雄は小さく口を尖らせた。
子供の集団に見えて、臨也はこっそり嘆息するが、知らなかったとはいえ自分で招いてしまった事態なのだから自分で始末を付けなければならないだろう、と腹を決めて臨也は息を吸う。
「……それでは、話も纏まったみたいなので、商売の話にしましょうか。俺達…三人の《ダラーズ》の処遇について、ね」
その後。《ダラーズ》は羽島幽平の出演する香水のCMソング、『神様のギャンブル』にてデビューを飾る。
臨也の魅惑の歌声、静雄の派手なパフォーマンス、そして帝人の天才的アレンジメントによって、《ダラーズ》は男女問わず好評を博し、瞬く間にミリオン歌手への道を駆け上がっていくのであった。
了
作品名:神様のギャンブル 作家名:Kataru.(かたる)