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凍る

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「え? 何だって?」
 どんどん後方へ流れていく窓の景色を眺めていたウルトラ警備隊隊員・ソガは、いきなり投げかけられた問いの内容に驚き、左隣に座っている同僚を見つめた。
 地球防衛軍極東基地の先鋭部隊・ウルトラ警備隊の仕事の中に、勿論、パトロールというものも含まれている。パトロールと一言で言っても、ウルトラホーク2号で宇宙を飛び回るものや、ウルトラホーク1号3号で街や森等の上空を飛び回るもの、ポインターで街中等を走り回るものと、何種類かあり、今現在、ソガは新米隊員のモロボシ・ダンと共に、ポインターで街中を走っていた。
 運転席でハンドルを握っているダンは、怪訝な表情で自分を見つめるソガに、ほとほと困った様子で首を傾げて見せた。
「色々調べてもみたんですけど、僕にはどうもよく解らなくて…」
「解らないって、それ本気で言ってるのか…?」
 ソガにはダンの言っている事の方がよく解らないのだが、冗談を言っているようには見えない。本気で理解不能な事なのだろう。だが―――
「人はどうして他人の肉体を、強く欲しいと願うんでしょうか?」
 そんな事をいう人間に、ソガは今までお目にかかった事がない。
 なんと返事をして良いものか直ぐに判断できず、ソガは後頭部をかきながら視線を彷徨わせた。
「いきなりそんな事聞かれてもなぁ…―――ダンは誰かをそういう風に見た事ないのか?例えばアンヌ隊員とか」
 ソガの脳裏に、自分達の主治医でもある同僚の姿がよぎった。彼女がダンに好意を寄せている事は、誰も口にはしないが明白な事実である。それに、彼女はダンにとって一番身近な女性でもあるのだから、そういう性的欲求を感じるならば一番ありえそうだ。
 しかし、ダンは難しい顔でかぶりを振るだけだった。
 ソガは思わず絶句した。
「…お前…、それは―――」
 流石にアンヌに同情してしまうソガ。それにしても、あれだけアピールされててどうしてここまで無反応でいられるのだろう?
 ソガは長い長いため息を漏らした。
 それに困惑気味な視線をチラリと向けるダン。
「どうかしたんですか…?」
「どうかしたんですかじゃないよ…。お前って奴は、変わってるなぁ…」
「そうですか?」
「そうだよ。普通健康な男子ならそんな風に思わないもんだ」
「はぁ…」
 前方に視線を戻し生返事を返してくるダンに、ソガは呆れた視線を向けた。
だが、これは重大な問題だ。一人の男として―――いや、先輩として、このままダンを放っておく事は出来ない。大事態が発生する可能性がある事を深く認識し、ソガはどうするべきかと思案した。
(しかしどうしたもんかな…? なかなか難しいぞ…)
 まさか、性的欲求を感じないという理由で水商売系に彼を連れて行く訳にはいかないだろう。ウルトラ警備隊は地球防衛軍の中でも表舞台に立つ機会が多く、その為一般には、地球防衛軍の顔――軍そのものと考えられている。写真でも撮られたら一大事だ。だいたいそんな時間的余裕がない。地球防衛軍には定休日などというありがたい日はないし、地球防衛軍極東基地の先鋭部隊であるウルトラ警備隊は全員で六名しかいない。ただでさえ忙しい今、とても二人一緒に休みは取れないだろう。
(…アンヌ隊員に頼む訳にもいかないしなぁ…)
 怒ってビンタをお見舞いされるのが落ちだな―――と、ソガが苦笑した次の瞬間、
「わぁっ?!」
 唐突にソガを衝撃が襲った。ガクン…っと、前に倒れそうになった身体を反射的に庇う。幸い、衝撃はソガが思った程酷くはなく、どこも青あざを作らずにすんだようだった。
 体制を立て直し、ソガはハンドルを握っているダンを振り返った。
「いきなりどうしたんだ?! 急ブレーキなんかかけ…て―――」
 言いかけて、ソガは固まった。訝しげに眉間に皺をよせ、眼前の男を凝視する。
 日に焼けた精悍な顔立ち。夢見て胸を弾ませる少年のような煌めきを宿す瞳。意志の強そうなきりっとした太目の眉。何を決意したのか引き締められた唇。それら全てがソガと対峙していた。
「…おい、ダン…?」
 彼が何を考えているのか解からず、それに若干不安を感じながらソガは躊躇いがちに呼びかけた。
 無言を返されるかと思ったが、案外すんなりとダンは口を開いた。
「…ソガ隊員はどうなんですか?」
「…あ~、性的欲求の事か?」
「はい」
「え~……あのな、ダン。…俺達人間……と言うか動物には三大欲求ってのがあってな、性欲はその内のひとつなんだ。他の二つは睡眠欲と食欲で、この三つはどれも生物が生きて己が種族を――」
 答えながら、ダンが聞きたいのはこういう事ではないだろうと思い、慌てて言い直す。
「ええつまり、だから……あるよ、俺にも」
 何だか妙な背徳感を覚え、ソガはそっぽを向いた。
 フロントガラスから、街頭の光に照らされた夜の道が浮かんで見える。車は一台も通らない。そのせいか、厳かさと不気味さが同居しているような感覚がソガを包んだ。
「それは具体的にどういうモノなんですか?」
「ええ!? 具体的に?」
 視線だけずらして見れば、相変わらず真剣な表情をしたダンがジッとソガを凝視している。真面目な奴ほどやっかいだなと舌打ちしつつ、ソガは眉間に皺を寄せた。
「ええっと…そうだな……好きな人がいたら勿論してみたいと思うし――こういうのは好き同士がするモンだしな……後、夜とか急にそういう気分になって――」
「そういう気分とは、どういう感じがするものなんですか?」
「え~……ムラムラっと、こう、腹の下から徐々に込み上げてくると言うか何と言うか…」
 言いながら段々恥ずかしくなり、ソガは自分の顔が赤く染まっていくのを感じた。
高校や士官学校時代、友人達とこういった話をした経験はあるが、それはあくまで全員興味があり好きだからこそ話題になったのであり、一方的に自分が喋る事はなかった。第一、女性の話が主体で自分が欲求を感じている時の心理なぞ話した記憶も聞いた記憶もない。
(おまけに顔が近いんだよ! ダン!)
 至近距離から嫌と言うほど視線を感じつつ話したい話題ではない。
 後輩を教え導くのが先輩の務めとしても、これには手を出さない方が良かったか?
「―――と、大体こんな所だよ…」
「ありがとうございました」
 律儀に礼を述べながら離れたダンを見て、ソガはやっと一息ついた。
 黙ってなにやら考えているダンを横目に、制服の首元を緩める。知らぬ間に流れていた汗をふき取りつつ、まだ残っている今晩担当のパトロールエリアを脳裏に広げ、陰鬱な気分になった。できれば今すぐ帰ってシャワーを浴び、横になりたい。いや、それよりダンから離れたい。ダンと二人っきりと言うのが、今は厳しい。
「考え事は後にして、ポインターを発車させろ、ダン。パトロールエリアはまだまだ残ってるんだからな」
「…はい」
 生返事に近かったが、それでもダンは気持ちを切り替えた様子でポインターのハンドルを握った。
 車通りのない、郊外の道路。異常がない事を確かめながらポインターは走り、大きく迂回して極東基地へ向かう。丑三つ時を過ぎ朝が近くなった頃、ソガとダンを乗せたポインターは極東基地へと続く専用斜線に入った。
作品名:凍る 作家名:uhata