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凍る

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 極東基地の車庫に向かう為地下に入ったポインター。そのトンネルの中で、それまで黙っていたダンが不意に口を開いた。
「ソガ隊員、ひとつお願いがあるんですが…」
「な、何だ?」
 後もう少しで開放されると気が緩んでいたところの質問に、ソガは動揺しながら答える。
 そんなソガの動揺を知っているのかいないのか、ダンはポインターを走らせながら呟いた。
「一度、経験してみたいんです」
 何を――とは、聞き返さなかった。
 ダンが何を経験してみたいかなんて、鈍感だと言われるソガにだって気付かない訳がない。
 とは言え、
「……そんな事言われても、街中に行かない限りそういう店は――」
 ないぞ――と答えようとしたソガの言葉を、ダンは遮った。
「ソガ隊員」
「…………何だ?」
 お決まりの手続きを済まし、ポインターを所定の位置に止める。
 エンジンが停止し、自然と静かになった――お互いの呼吸音さえ聞こえそうな車内で、ダンは前方を見つめたまま口を開いた。
「こんな事お願いできるのはソガ隊員だけなんです」
「………」
(そりゃ誰にもかれにも相談されたらウルトラ警備隊の恥になる)
 内心突っ込むソガ。
 ダンは無言のソガに構わず続けた。
「抱かせてもらえませんか?」
「………?!」
 絶句し固まるソガに構わず、ダンは続ける。
「一度でも体験すれば、僕にも理解できるんじゃないかと思うんです。理解しきれなくても、ある程度気持ちを汲むことはできるのではないかと…」
「なっ…何で俺…?!」
「SEXというのは一種神聖で、女性にとっては負担でもあるらしいですね。僕の個人的な都合で女性に迷惑はかけれません」
「俺は良いのか!!」
 思わず怒鳴るソガに、ダンはようやく視線を合わせ、
「僕はソガ隊員が好きですから」
 ―――全ての時間が凍った。



    ◆◇◆◇◆◇◆



「こういうのは好き同士がする――…確かそうでしたよね」
「確かにそう言ったけどな…」
 ソガは、テーブルを挟んで向こう側に座るダンにむっつりとした表情で答えた。まだ朝早く軍内に活気がないせいか、二人の声はダンの個室の中で大きく響く。
 ポインター内での会話の後、動揺する心を押さえつけ、ソガはダンを伴い作戦室に向かった。二人の帰りを待っていた、多少眠たげなフルハシ・アマギ両隊員に報告と引き継ぎ業務を済ませ、そのままの足でダンの部屋にやってきた。己が希望に従えば、真っ直ぐ自分の部屋に戻るのだが、そういう訳にはいかなかった。
(ダンが妙な勘違いをしているのは、多分俺のせいだろうからな…)
 重い空気を吐き出し、ソガはこめかみに手を当てた。頭痛がする。
 何をどう説明すべきか考えをまとめ、ソガは改めてダンに向き直った。
 純粋な瞳の中に、自分が写っている。
「ダン、確かにSEXなんてのは好き同士がする行為だ。だがな…」
 ジッと見つめるダンの視線の強さに気圧されながら、ソガは何とか視線をずらさずに続けた。
「それは異性同士であって、同姓の間じゃなりたたないんだ。解るか?」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃ子供ができないから――」
「同姓異性なんて、精神には関係ないでしょう?」
 思わぬ返答に瞠目するソガ。
 そんなソガに、ダンは腰を浮かせて詰め寄った。熱のこもった言葉を畳み掛ける。
「同姓異性というのはあくまで子孫を存続させる為に進化した生態的特徴でしょう? 細胞分裂で自分をコピーする繁殖方法ではどうしたって生物として限界が出てくる。性別とは自然淘汰の結果選んだ方法のひとつであって、それ以上でも以下でもないはずです。生殖が主な生の理由である動植物ならいざ知らず、精神的営みをし、異星人と交流する人類にとっては大きな問題ではないでしょう?
 特に、好意の問題では」
「そ…そうか?」
「宇宙には雌雄のない種族や肉体のない種族もいます。地球の生態系にだって、雌雄が変動する生物はいます」
「そう言えばそうだけどな――」
 何とか反論しようとするソガの肩を、ダンはきつく掴んだ。
 驚き顔を強張らすソガを覗き込み、ダンは問う。
「ソガ隊員は、僕のことが嫌いですか?」
「嫌いじゃない、むしろ好きだよ。だがそれは友情であって恋情じゃない」
 言い切って、ソガはダンを押しのけ立ち上がった。背中を覆っている汗が冷気でソガを包む。身の危険を感じているのだろうか? 可愛い後輩に? 信頼すべき仲間に? そんな馬鹿な――。
「今日のお前はおかしいよ、ダン。少し休んで落ち着け」
 背を向け、ダンに言葉を投げる。たったそれだけの事がやけに苦しく重い。
「疲れてるんだよ。最近忙しかったからな。ちゃんと身体のコンディション整えろよ。それもウルトラ警備隊としての勤めだ」
 以前、自分がキリヤマ隊長から言われた台詞を残し、そのまま部屋を出ようと歩き出す。
 と、後ろからダンの声がソガを立ち止まらせた。
「ソガ隊員。僕は確かに疲れているのかもしれません」
「そうだよ。疲れてるんだよ」
「でも」
 ダンの立ち上がる音がした。
 背中で――全身でダンの視線を感じる。
「地球人の中で一番好きなのは、やっぱりソガ隊員です」
 絶句する。
 ダンが本気でそう思っているだろう事が、声に現れている。
(お前……それは駄目だろう)
 アンヌの笑顔が脳裏をよぎる。あの顔が悲しみにくれる姿なぞ、ソガは見たくない。誰であろうと仲間の悲しい顔なんか、見たくない。
 だが、
「僕がああいう行為をしたいと思うとしたら、それはソガ隊員だけです」
 それならダンも同じ仲間だ。
 否、仲間だからこそ、ここは拒否して正解なんだ。
 わざわざ道を踏み外す必要は無い。
 それに、
「…お前はそうでも、……俺は違う」
 ダンに対しては友情しかないのだから……。
 痛いほどの静寂が部屋を支配し、ソガは叫びたい衝動を覚えた。だが、ここが踏ん張りどころだ。ジッと、ダンが勘違いに気づく事を強く願った。
 ――どれだけの時間が過ぎただろうか。
 部屋全体の空気がふっと軽くなったと感じた瞬間、
「…今日はすみませんでした」
 ダンがポツリと呟いた。
「色々質問してしまって」
「いや、いいよ。誰にでも聞ける内容じゃないしな」
 振り返り、無理矢理笑顔を作る。
 視線の先でダンも微笑を浮かべていた。心からの笑顔ではなかったが、それでも笑顔だった。
「あんまり考えすぎるなよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
 振り切るように、一人、段々喧騒を増す廊下に出る。
 そう遠くない個室に向かいながら、ソガは額に手を当て息を吐き出した。口から細く長く吐き出された息は空中で霧散し、溶ける。そんな息のように自分も、自分の今の感情も空気に溶けてしまえば良いのに…と、ソガは思った。
 廊下の壁に肩を押し付け、荒れる内心を落ち着かせようとする。
 唇を噛み、目の端に滲む涙を拭い、ソガは口元だけで笑った。
(恋情じゃない、友情だ…)
 だったら何故?
「……俺も疲れてるのかな」
 ソガは自嘲気味に笑い、自室に向かって歩き出した。



 End

作品名:凍る 作家名:uhata