折原臨也の人間進化論
臨也が池袋に来なくなった。三日や四日来ないことは良くある話で、あいつだってそんなに暇な奴じゃないことくらい俺だって知っているわけだが……。だから今回もどうせ怪しげな仕事でも引き受けたんだろうだとか、あいつがいなくて池袋も平和だとか、そんなことを思っていたんだ。
「なのによ……」
それが一週間前のこと、これで何日目だ? あいつがここを離れて……噂話にさえ聞かなくなったのは。
あいつが何をしていようが俺には関係ない、関係があるはずがねえ。どうせヤバイ仕事でも抱えてその辺嗅ぎ回っているんだろう、しかしもしもだ、あいつが知らないところでくたばっていたらどうする、あいつを殺すのはこの俺だ。それは高校に入学して初めて顔を合わせた時から決まっていたことだ。
「勝手にくたばるなんて、そんなこと許さねぇかんな!」
そうだ、到底納得できるはずがねえ、そうこう思って慣れ親しんでいる池袋の町を散策していたらいつの間にか新羅の住むマンションまで来ていた。
「………」
いったい何を考えてここまできたのか、無意識の行動に理由などつけられるはずもないのは分かっているが、それでも理由をつけたくなってしまう辺り俺は混乱していたのではないかと思う。
兎にも角にもここまで来た限りには新羅に顔を出しに行くのも悪くないだろう。新羅ならあいつのことも何か知っているかもしれない。
「クソっ」
そう答えが出ると俺が行動に移すのは早い、あいつのことを考えて行動しているかと思うと胸糞悪い気もしなくはないが、それはそれだと今は考えない努力くらいはしてやろう。
エレベーターは確実に新羅の住む階にまで昇り、早々にそれを知らせるベルを鳴らす。それに沿うように俺もエレベーターを降りればすぐに見える玄関のドア。呼び鈴をならし向こう側からのアクションを待つ、程なくして慌てたようにスリッパがフローリングを蹴る音が聞こえてくる。僅かに開けられた隙間から新羅が顔を出した。
「あれ? 静雄……どうしたの、怪我でもした?」
新羅の視線が下から上、上から下と往復するのが分かる。しかし今日の俺は別段怪我をしたわけでもなく体調は万全だ、何も悪いところなどない。しいて言うならば虫の居所は悪いがな。
「いや、今日はいいんだ。それより最近臨也の奴見かけないだろ、また仕事で色々嗅ぎ回ってんのか?」
俺の言葉に少し考えるようにして顎に手を当てるが、暫く考えても何も思い当たることはなかったのか首を横に振る。
「何も聞いてないね、まあいいんじゃない? 池袋もたまには静かな日々を過ごしたいと思うよ?」
確かにあいつのいない池袋は静かなもんだ。逆を言えばあいつがいたら周りを巻き込んでの大騒動が必ず起きる。というかあいつはそれを起こしに池袋に来るのだ。だから見かけたらすぐに池袋から追い出そうと、そして出来ることなら息の根だって止めてやろうと試みているのだが、何故だか知らないがいつも上手く撒かれてしまう。あいつが何を考えて騒動を起こしてるのかなんて考えたところで分からないだろうし分かりたくもない。理解できるとも思わない。
それに今池袋に来ないのも、あいつが裏で騒動を起こそうと画策しているのかもしれな。いや、そう考えるのが普通だ。
疑い出したら止まらない、それだけの事をあいつはしてきたんだ、何かある度に雲隠れしやがって……ああ本当にあのノミ蟲め!
「ちょ、ちょっと静雄! 壁、壁に指が食い込んでるから!」
そう言われて初めて気づく、指先に当たるコンクリートの感触。人様のマンションに何やってるんだ俺は。
「ああ……すまねぇ」
「いや……まあいいけど……そんなに気になるなら会いに行けば良いんじゃない?」
会いに行けば良い、そう簡単にはいかないのが俺たちの関係ってやつだ。俺はあいつの顔なんか見たくねえし、あいつだって同じだろう。それを何故わざわざ気になるからという理由で会いに行かなきゃならない。可笑しいだろそんなの。
「考えておく……」
それだけを言い残して、足早にその場から離れる。これ以上新羅の傍にいると要らないお節介かただ話したいだけなのか分からないが余計な話を聞く羽目になってしまう。
俺は逃げるように自分のアパートへと帰ったのだった。
考えておく、そういったのが今から二週間前。今も尚あいつは池袋に姿を現さない。
いい加減姿を現しても良いだろうというタイミングはとうの昔に過ぎている。本当に裏で何かやらかしているのか、それとも単純に忙しいだけなのか。後者だったら俺には別段関係ないが前者の場合は他人事ではない、何故ならあいつの巻き起こす厄介ごとには確実といって良いほど俺も標的に入っているからだ。
そんなこんなで、俺は事態がややこしくなる前にと結局池袋からあいつのいる新宿にまで来たのだが……。
「何やってやがる……」
「何って見て分からないの? 遂に頭の中まで筋肉になったのかな、シズちゃん」
そこには育ちの悪そうなチンピラを地に捻じ伏せ、悠々とその上に乗っかっているあいつがいた。
何か企んでいるのではと様子を伺いに来てやったというのに普段と全く変わらないその姿に俺は肩の力が抜ける感覚というのを初めて体感した。
「全然変わってないみたいだね、シズちゃんは」
「ああ?」
何を言い出すかと思えば、意味の分からないことばかり。俺が変わるわけがないだろう。
「……なんでもない。それより俺忙しいんだ、そこどいてよ」
一本しかない道を俺が立っていることで塞いでいるから、そこを通せとばかりに、あいつは袖口に隠し持っているナイフを瞬時に構え身軽な動きで俺との距離をつめてくる。
慌てて背を反る事で眼前に振りかざされたナイフを回避したが、それに立て続けるようにしてあいつは右足で俺の脚を払おうとする。
それは咄嗟に横に飛びのく事できちんとした形で決まることはなかったが、横に飛んだことで一本道に人が通れるだけのスペースが空く、あいつはそれを見逃さず全速力でこの場を去っていく。
「待て! いーざーやーーーーああぁぁぁ!」
新宿の空き地に俺の叫びだけが響く。またあいつを逃がしたということに怒りと悔しさを感じるが、ここは新宿、あいつのテリトリーだ。今追いかけたところでこの辺の地理に詳しくない俺はあっと言う間にあいつを見失うことだろう。それくらいは俺にだって分かる。
その日、俺は結局何の収穫もないまま二週間前のようにアパートに帰るしかなかった。
あれから更に二週間、その間も臨也は池袋に現れなかった。
俺は何をしていたかというと、いつものようにトムさんと集金に回ったり、時折喧嘩を売って絡んでくるチンピラに構っていたりと……いつもと変わらない日々を送っている。違いといえばあいつがいなくなったことで毎日がやたらと静かだということくらいだろうか。
何も考えず暴力を奮い、我慢と手加減を諦め、器物破損を繰り返し……そんな日々をずっとずっと繰り返す。
ある日何気なく入った普段は使わない裏路地、何か俺の第六感的なものがここに入ったほうが良いと伝えてくる。俺の直感は当たるほうだ。だから今回も……。
「あれ、シズちゃんじゃない。やだなー見つかっちゃったよ」
「なのによ……」
それが一週間前のこと、これで何日目だ? あいつがここを離れて……噂話にさえ聞かなくなったのは。
あいつが何をしていようが俺には関係ない、関係があるはずがねえ。どうせヤバイ仕事でも抱えてその辺嗅ぎ回っているんだろう、しかしもしもだ、あいつが知らないところでくたばっていたらどうする、あいつを殺すのはこの俺だ。それは高校に入学して初めて顔を合わせた時から決まっていたことだ。
「勝手にくたばるなんて、そんなこと許さねぇかんな!」
そうだ、到底納得できるはずがねえ、そうこう思って慣れ親しんでいる池袋の町を散策していたらいつの間にか新羅の住むマンションまで来ていた。
「………」
いったい何を考えてここまできたのか、無意識の行動に理由などつけられるはずもないのは分かっているが、それでも理由をつけたくなってしまう辺り俺は混乱していたのではないかと思う。
兎にも角にもここまで来た限りには新羅に顔を出しに行くのも悪くないだろう。新羅ならあいつのことも何か知っているかもしれない。
「クソっ」
そう答えが出ると俺が行動に移すのは早い、あいつのことを考えて行動しているかと思うと胸糞悪い気もしなくはないが、それはそれだと今は考えない努力くらいはしてやろう。
エレベーターは確実に新羅の住む階にまで昇り、早々にそれを知らせるベルを鳴らす。それに沿うように俺もエレベーターを降りればすぐに見える玄関のドア。呼び鈴をならし向こう側からのアクションを待つ、程なくして慌てたようにスリッパがフローリングを蹴る音が聞こえてくる。僅かに開けられた隙間から新羅が顔を出した。
「あれ? 静雄……どうしたの、怪我でもした?」
新羅の視線が下から上、上から下と往復するのが分かる。しかし今日の俺は別段怪我をしたわけでもなく体調は万全だ、何も悪いところなどない。しいて言うならば虫の居所は悪いがな。
「いや、今日はいいんだ。それより最近臨也の奴見かけないだろ、また仕事で色々嗅ぎ回ってんのか?」
俺の言葉に少し考えるようにして顎に手を当てるが、暫く考えても何も思い当たることはなかったのか首を横に振る。
「何も聞いてないね、まあいいんじゃない? 池袋もたまには静かな日々を過ごしたいと思うよ?」
確かにあいつのいない池袋は静かなもんだ。逆を言えばあいつがいたら周りを巻き込んでの大騒動が必ず起きる。というかあいつはそれを起こしに池袋に来るのだ。だから見かけたらすぐに池袋から追い出そうと、そして出来ることなら息の根だって止めてやろうと試みているのだが、何故だか知らないがいつも上手く撒かれてしまう。あいつが何を考えて騒動を起こしてるのかなんて考えたところで分からないだろうし分かりたくもない。理解できるとも思わない。
それに今池袋に来ないのも、あいつが裏で騒動を起こそうと画策しているのかもしれな。いや、そう考えるのが普通だ。
疑い出したら止まらない、それだけの事をあいつはしてきたんだ、何かある度に雲隠れしやがって……ああ本当にあのノミ蟲め!
「ちょ、ちょっと静雄! 壁、壁に指が食い込んでるから!」
そう言われて初めて気づく、指先に当たるコンクリートの感触。人様のマンションに何やってるんだ俺は。
「ああ……すまねぇ」
「いや……まあいいけど……そんなに気になるなら会いに行けば良いんじゃない?」
会いに行けば良い、そう簡単にはいかないのが俺たちの関係ってやつだ。俺はあいつの顔なんか見たくねえし、あいつだって同じだろう。それを何故わざわざ気になるからという理由で会いに行かなきゃならない。可笑しいだろそんなの。
「考えておく……」
それだけを言い残して、足早にその場から離れる。これ以上新羅の傍にいると要らないお節介かただ話したいだけなのか分からないが余計な話を聞く羽目になってしまう。
俺は逃げるように自分のアパートへと帰ったのだった。
考えておく、そういったのが今から二週間前。今も尚あいつは池袋に姿を現さない。
いい加減姿を現しても良いだろうというタイミングはとうの昔に過ぎている。本当に裏で何かやらかしているのか、それとも単純に忙しいだけなのか。後者だったら俺には別段関係ないが前者の場合は他人事ではない、何故ならあいつの巻き起こす厄介ごとには確実といって良いほど俺も標的に入っているからだ。
そんなこんなで、俺は事態がややこしくなる前にと結局池袋からあいつのいる新宿にまで来たのだが……。
「何やってやがる……」
「何って見て分からないの? 遂に頭の中まで筋肉になったのかな、シズちゃん」
そこには育ちの悪そうなチンピラを地に捻じ伏せ、悠々とその上に乗っかっているあいつがいた。
何か企んでいるのではと様子を伺いに来てやったというのに普段と全く変わらないその姿に俺は肩の力が抜ける感覚というのを初めて体感した。
「全然変わってないみたいだね、シズちゃんは」
「ああ?」
何を言い出すかと思えば、意味の分からないことばかり。俺が変わるわけがないだろう。
「……なんでもない。それより俺忙しいんだ、そこどいてよ」
一本しかない道を俺が立っていることで塞いでいるから、そこを通せとばかりに、あいつは袖口に隠し持っているナイフを瞬時に構え身軽な動きで俺との距離をつめてくる。
慌てて背を反る事で眼前に振りかざされたナイフを回避したが、それに立て続けるようにしてあいつは右足で俺の脚を払おうとする。
それは咄嗟に横に飛びのく事できちんとした形で決まることはなかったが、横に飛んだことで一本道に人が通れるだけのスペースが空く、あいつはそれを見逃さず全速力でこの場を去っていく。
「待て! いーざーやーーーーああぁぁぁ!」
新宿の空き地に俺の叫びだけが響く。またあいつを逃がしたということに怒りと悔しさを感じるが、ここは新宿、あいつのテリトリーだ。今追いかけたところでこの辺の地理に詳しくない俺はあっと言う間にあいつを見失うことだろう。それくらいは俺にだって分かる。
その日、俺は結局何の収穫もないまま二週間前のようにアパートに帰るしかなかった。
あれから更に二週間、その間も臨也は池袋に現れなかった。
俺は何をしていたかというと、いつものようにトムさんと集金に回ったり、時折喧嘩を売って絡んでくるチンピラに構っていたりと……いつもと変わらない日々を送っている。違いといえばあいつがいなくなったことで毎日がやたらと静かだということくらいだろうか。
何も考えず暴力を奮い、我慢と手加減を諦め、器物破損を繰り返し……そんな日々をずっとずっと繰り返す。
ある日何気なく入った普段は使わない裏路地、何か俺の第六感的なものがここに入ったほうが良いと伝えてくる。俺の直感は当たるほうだ。だから今回も……。
「あれ、シズちゃんじゃない。やだなー見つかっちゃったよ」
作品名:折原臨也の人間進化論 作家名:あやめ@原稿中