折原臨也の人間進化論
「いーざーやーくーん、なんでここにいるのかなあ?」
裏路地に入ると案の定あいつが突っ立っていて、特に何をしていた様子もないが、俺にとってはあいつがこの池袋にいること事態が許せない。
怒りでこめかみに血管が浮くのを感じながら、周りに何か使えるものはないかと見回す。
そんな俺の様子に呆れたようにあいつは一度ため息をついてみせる。随分余裕じゃねーか。
「シズちゃんって……変わらないね」
「ああ?」
その言葉を言われたのは二回目だ。二週間前に出くわした時も同じ事を言われた。しかしだからどうだっていうんだ、人がそう簡単に変わることが出来ないことくらい人間愛を主張するこいつなら良く分かっているはずだろう。
そんなことよりも……。
「手前、この二ヶ月近く何してた? まーた厄介ごとでも持ち込もうってか? させねえぜ」
言っておくが俺は何時も真剣に言っている。こいつの厄介ごとは悪戯や出来心では片付けられない程悪意に満ちたのもだ。放っておけば何をし出すか分からない。そうだというのにこいつときたら再び深いため息をつきやがる。
「ただ単に仕事が忙しかったんだよ……。色々掛け持ちしててね」
いつものようにお得意のジャケットプレイを披露しやがるこいつは普段と全く変わらねえ、相変わらずウゼェ……。
そしてまたいつもの様に誰も聞いちゃいねえのに勝手に喋りだす。
「人ってのはね常に歩き続けなければならないんだよ、止まっている事なんてできはしないし、それがどんな形、例えば退化だとしても進まなければならない。でもさ、どうせ歩くなら前を向いて歩きたいじゃない、進化したいじゃないか、少なくとも俺はそう思うね。ならばそれだけのことをしなければならないじゃないか、これはシズちゃんでも分かるかな? だから俺は進化するためにこの二ヶ月近く仕事に打ち込んでいたわけだよ。俺の仕事ってのはライバルが多くてね、常に進化していないとすぐに捨てられてしまう、常に新しい情報、広い人脈……。それってとっても難しいことなんだよ、分かるかな? でもそこが面白いんだ、嫌でもどんなことをしてでも進化し続けなければならない、そんな状況に無理やり置かれる仕事って他のでは中々ないじゃないか、自分を追い込むには絶好の職業だと思うね。何が言いたいかって言うと、俺はこの世の悪意を集めた心を持つ以外は普通の人間なわけだよ。どこぞの首なしみたいに体から鎌を出せるわけでもないし、シズちゃんみたいな怪力もない、まあ怪力なんてあげるって言われても俺はお断りだけどね。まあ、ちょっとパルクールができて顔が良いだけの男なわけだ。俺の長所なんて……そうだな、興味のあることにはとことん突き詰めていくところ、くらいじゃないかな。まあどこか長所で何が短所なのか、それはそいつがどういう価値観で生きているかによるんだけどさ。兎に角そんな普通の俺がこの世界、この生き残りの厳しい職業でどうやったら最後まで名を残していけると思う? そんなのは簡単だよ、常に進化していること、これに尽きるね。それも他人より早く進化すること。まあなんていうか……俺の場合考えるのが趣味みたいなものなんだよね、頭の回転が速くて狡猾なのは自覚しているしね。だから俺は考えることがなくなればそこで終わりなの。考えることで、考えて出た答えを実行することで進化し続けている俺にはね、考えることがなくなった時点でゲームオーバーなんだよ。だから俺は常に色んな物に興味を持つようにしている、興味を持てば考えるだろ? 知ろうとするだろう? そうすることで自分で自分を追い込んで自分を進化させているんだ」
ここで臨也はいったん間を取る、そして俺を睨むように一度視線を合わせた後怒った様に再び言葉を吐き出した。
「それなのになんなのシズちゃんはさ、折角それだけの才能を授かったんだ、例え望んだものでないとしてもそれだけの種があるのに何故育てようとしないのか俺には理解できないね。俺ならもっと上手くするし、もっと努力する。出来る力を持っているのにそれを放置するなんて忍びないと思わないかい? どうせ手加減できない? どうせ我慢できない? どうせ傷つけてしまう? どうせ怖がられる? どうせ変われない? 違うだろ、逃げるなよ。俺はそんなシズちゃんなんか嫌いだ。俺が後ろから押してやらないと進化することも出来ないの? 俺だってシズちゃんに殴られたりすれば痛いんだよ、そんな顔しないだけで本当は倒れそうなことだって多いし実際新羅にはよくやるねとかなんとか言われてるんだから。でも俺と殺しあっている時はシズちゃんは確実に進化するし俺はリアルタイムで進化しているシズちゃんを見るのが好きなんだ。でも俺がいなくなったとたん進化を止めるわけ? なんなのそれ、俺が必死でシズちゃんに置いて行かれない様にって思っているときに何やってるの? どうせ理解できないとか、そんなどうせ出来ないって言葉で終わらせないでくれる? 俺が馬鹿みたいじゃないか! いいかシズちゃん」
ノンストップで語られた臨也の言葉、しかしどれもこれもが真意を付いていて、俺は口を挟むことが出来ない。同時に臨也は俺の事をそこまで良く見ていたのかと、こいつも見えないところで努力していたのだと、俺に対してそんな感情を持っていたのかと、そう思い知らされた。
しかしその臨也の顔に笑顔がない、いつもどんな時だって笑顔を貼り付けて本性を隠すこいつが……。
怒って……いるのか?
真の意味では初めてかもしれない臨也の怒りに、俺は対処の方法が分からなくてただ突っ立っていることしか出来ない。
ただ黙って次の言葉を待つ。
「いいか、シズちゃん。進化し続けなよ、立ち止まるな」
いつもよりも2トーン程低い声色、それは臨也の怒りを表しているようで、その感じたことのないプレッシャーに、俺は言葉を返すことが出来なかった。
そんな俺の緊張が伝わったのだろうか、臨也は若干寄せていた眉間のしわを取ると、いつもの貼り付けた笑顔ではない、優しい、まるで赤子をあやす様な笑みを浮かべる。何を緊張しているんだと笑うように。
「シズちゃんもさ、進化し続けてもらわないとね。楽しくないよ、俺」
その見たこともないよ様な優しい笑顔と穏やかな声色、それに安堵するように、俺は肩に入っていた力を息を吐くのと同時に抜いていく。
緊張の解れた体では、いつもより素直に言葉を言える気がした。
「そうだな……まあ言葉の半分は意味分かんなかったけどよ、立ち止まるなって事だけは伝わった。ありがとよ」
「……シズちゃんが俺にお礼を言った……………?」
口を開けて驚く臨也に自分がものすごく恥ずかしいことをした気分になって、慌ててそっぽを向く。
「今日は見逃してやるから早く帰れ」
照れ隠しの言葉も、臨也にはしっかり伝わったようで、喉の奥で笑いながらも新宿方面に向かう裏路地へと踵を返す。
「そういうことなら有難いね。また明日ね、しーずちゃん!」
最後はスキップで帰って良くあたり、あまりの温度差になんだかさっき見た臨也が幻のように感じてしまうのだが、そんなことはない……よな?
そんなこんなで次の日、予告通り臨也は堂々と池袋の大通りを歩く。
作品名:折原臨也の人間進化論 作家名:あやめ@原稿中