gambling game
高校における俺の活動範囲というのは極端に狭い。
何せ授業中は移動でもない限りは大抵教室にいるし、昼も基本は弁当を持ってきているから購買のお世話になった事は滅多にない。そして放課後は、言うまでもなく、テスト期間だろうが長期休暇中だろうが年中無休で活動しているSOS団である。
実を言うと今日は、一昨日から始っていた生き地獄としか言いようがない期末考査にようやくの終止符が打たれた記念すべき日であるのだが、当然ながらSOS団の集まりはある。まあ普通の部活も今日から活動再開だろうから、これは特筆すべき事でもないかもしれないな。俺としては連日の心労のせいでどっと疲れた気分なので、家に帰ってぐだぐだしたい所なんだが、どうやらそんな俺の雰囲気を察したらしいハルヒに釘を刺されてしまったのだ。「帰ったらテスト見せしめの刑」だったか。これ以上無いほど恐ろしい脅しである。
そんなわけで、俺は一応試験を乗り越えたために勝ち得た束の間の心の安寧を片手に、SOS団の本拠地である文芸部室へとやってきたのだった。
いつ見てもぼろくさい扉を、軽くノックする。このノック、何気ない仕草に見えてなかなか重要なんだぞ。不可抗力とはいえ、朝比奈さんの生着替えを覗いたという前科を幾つか持つ俺にとって、これ以上の失点は避けたい所だからな。
「どうぞ」
待つこと数秒。中から聞こえてきたのは俺が想定していた朝比奈さんの鈴の音のように愛らしいお声でも、長門の小さすぎるほど小さな一言でも、ましてやハルヒの脳天に響き渡るような大声でもなかった。残りの一人、俺以外の唯一の男子構成員であり、SOS団副団長である古泉一樹のものである。相変わらず無駄に美声だな、お前は。顔良し成績良し運動良しで、おまけに声まで良いときたもんだ。神様――もちろんハルヒではない――とやらがいるとしたら、相当に古泉が気に入ったんだろうね。せめてその恩恵のひとかけらでも俺に分けてくれればよかったものを。
そんな心情も手伝い、俺は「おう」やら「入るぞ」なんて言葉も返さずに遠慮なくノブを捻った。常日頃、主にハルヒから虐待と言って申し分ない扱いを受けているにも関わらず、不調を訴えるどころか未だに滑らかな動作で開閉する頑丈な扉を開いて室内に入ってみると、そこには古泉が一人ぽつねんとオセロを打っている姿があった。
「お前一人か」
「残念ながら」
まったくだ。俺は今日も今日とて朝比奈さんのお茶だけを楽しみに此処へ来たんだぞ。
元からそう高くもなかったテンションが更に落ちるのを感じつつ、俺は古泉の真正面にあるパイプ椅子に腰を降ろした。まあ、もはや定位置というやつだな。ついでに朝と比べると異様なまでに軽くなった鞄を横の椅子に放る。
「僕で宜しければ淹れましょうか?」
「いや、いい。で、ハルヒ達は何処に行ったんだ?」
俺の記憶が確かなら、ハルヒは俺より先に教室を飛び出していったはずだが。
「つい先程、皆さんで朝比奈さんの新衣装を物色に。一応帰ってくるつもりだから待っているようにとのことですよ」
なんで俺がそんな不確か且つ横暴な要求に応えねばならん。
「それは勿論、団長命令は絶対ですから」
何が面白いのか知らんが古泉がさも愉快げに笑う。
どの角度から検証したって理不尽に違いないハルヒの要求に納得いかないものを覚えつつも、此処で不平を零した所で何一つ変わらん事ぐらいは俺にだって解る。結局俺は古泉相手に文句を零すなんて事はせず、ただ大きく溜息を零すに留めた。
そんな俺を見て、古泉が笑顔を愉快気から意味深なものへとシフトチェンジさせる。
前々から思ってたが、お前は何種類の笑みを隠しもってるんだ。よくもまあ笑顔ひとつでそこまで感情を表現できるもんだね。感心を通り越して呆れるぜ。
「お褒め頂き有難う御座います。……ところで、お暇ならどうです? 付き合いませんか?」
古泉が机上に放置されていたオセロ盤へ、白く細長い指を優雅な所作で向ける。
「ああ、いいぞ」
元々やる事なんざ決まっていなかった俺に、わざわざ断る理由もない。軽く頷いて了承すると、古泉はほっとしたような笑顔を一瞬浮かべた。
何せ授業中は移動でもない限りは大抵教室にいるし、昼も基本は弁当を持ってきているから購買のお世話になった事は滅多にない。そして放課後は、言うまでもなく、テスト期間だろうが長期休暇中だろうが年中無休で活動しているSOS団である。
実を言うと今日は、一昨日から始っていた生き地獄としか言いようがない期末考査にようやくの終止符が打たれた記念すべき日であるのだが、当然ながらSOS団の集まりはある。まあ普通の部活も今日から活動再開だろうから、これは特筆すべき事でもないかもしれないな。俺としては連日の心労のせいでどっと疲れた気分なので、家に帰ってぐだぐだしたい所なんだが、どうやらそんな俺の雰囲気を察したらしいハルヒに釘を刺されてしまったのだ。「帰ったらテスト見せしめの刑」だったか。これ以上無いほど恐ろしい脅しである。
そんなわけで、俺は一応試験を乗り越えたために勝ち得た束の間の心の安寧を片手に、SOS団の本拠地である文芸部室へとやってきたのだった。
いつ見てもぼろくさい扉を、軽くノックする。このノック、何気ない仕草に見えてなかなか重要なんだぞ。不可抗力とはいえ、朝比奈さんの生着替えを覗いたという前科を幾つか持つ俺にとって、これ以上の失点は避けたい所だからな。
「どうぞ」
待つこと数秒。中から聞こえてきたのは俺が想定していた朝比奈さんの鈴の音のように愛らしいお声でも、長門の小さすぎるほど小さな一言でも、ましてやハルヒの脳天に響き渡るような大声でもなかった。残りの一人、俺以外の唯一の男子構成員であり、SOS団副団長である古泉一樹のものである。相変わらず無駄に美声だな、お前は。顔良し成績良し運動良しで、おまけに声まで良いときたもんだ。神様――もちろんハルヒではない――とやらがいるとしたら、相当に古泉が気に入ったんだろうね。せめてその恩恵のひとかけらでも俺に分けてくれればよかったものを。
そんな心情も手伝い、俺は「おう」やら「入るぞ」なんて言葉も返さずに遠慮なくノブを捻った。常日頃、主にハルヒから虐待と言って申し分ない扱いを受けているにも関わらず、不調を訴えるどころか未だに滑らかな動作で開閉する頑丈な扉を開いて室内に入ってみると、そこには古泉が一人ぽつねんとオセロを打っている姿があった。
「お前一人か」
「残念ながら」
まったくだ。俺は今日も今日とて朝比奈さんのお茶だけを楽しみに此処へ来たんだぞ。
元からそう高くもなかったテンションが更に落ちるのを感じつつ、俺は古泉の真正面にあるパイプ椅子に腰を降ろした。まあ、もはや定位置というやつだな。ついでに朝と比べると異様なまでに軽くなった鞄を横の椅子に放る。
「僕で宜しければ淹れましょうか?」
「いや、いい。で、ハルヒ達は何処に行ったんだ?」
俺の記憶が確かなら、ハルヒは俺より先に教室を飛び出していったはずだが。
「つい先程、皆さんで朝比奈さんの新衣装を物色に。一応帰ってくるつもりだから待っているようにとのことですよ」
なんで俺がそんな不確か且つ横暴な要求に応えねばならん。
「それは勿論、団長命令は絶対ですから」
何が面白いのか知らんが古泉がさも愉快げに笑う。
どの角度から検証したって理不尽に違いないハルヒの要求に納得いかないものを覚えつつも、此処で不平を零した所で何一つ変わらん事ぐらいは俺にだって解る。結局俺は古泉相手に文句を零すなんて事はせず、ただ大きく溜息を零すに留めた。
そんな俺を見て、古泉が笑顔を愉快気から意味深なものへとシフトチェンジさせる。
前々から思ってたが、お前は何種類の笑みを隠しもってるんだ。よくもまあ笑顔ひとつでそこまで感情を表現できるもんだね。感心を通り越して呆れるぜ。
「お褒め頂き有難う御座います。……ところで、お暇ならどうです? 付き合いませんか?」
古泉が机上に放置されていたオセロ盤へ、白く細長い指を優雅な所作で向ける。
「ああ、いいぞ」
元々やる事なんざ決まっていなかった俺に、わざわざ断る理由もない。軽く頷いて了承すると、古泉はほっとしたような笑顔を一瞬浮かべた。
作品名:gambling game 作家名:和泉せん