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握った掌から伝わった確かな暖かさ

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 こくり、と首をゆらす仕草はまるで、まだ成人もしていない子どもにも見えるというのに。
 その時の日本は、どこまでも泰然としていた。
 目に見えてうろたえてこそいないものの、オランダは突然身体を襲った大きな振動に取り乱していた。そんな自分には気づかず、日本はのんびりとしゃべっている。ようやく自分の鈍い反応に合点がいったらしい日本は、ゆるりと微笑んで、オランダをその腕に囲った。
 とんでもないやつだなと言ってやれば、ぱちくりと瞬きをして。
「ご心配なく。うちの大工さんは良い仕事をなさる職人ですから。あの程度の揺れじゃあ、ビクともしません」
 ――そんなことを聞いているのではないのだが。
 ずしんと揺れた時はさすがの日本も驚いたようだが、次にオランダが見た時には既に、いつもの彼に戻っていた。
「よしよし。もう平気ですよ。怖くない、こわくない」
 すっとぼけながら、あやすように自分を抱く日本は、まるで。
「餓鬼扱いすんなや」
「おや、これは失礼しました」
 口先だけは謝りつつも、その黒い瞳がほころんでいる。ものを教える側とそれを請う側という関係上、いつもオランダが一枚も二枚も上手にいるから。めずらしく立場が逆転しているのが嬉しいに違いない。
 眉間にしわを寄せたオランダに、日本はまた小首をかしげる。
「では、怖い夢を見ないこと、しましょうか」
 眠らなければ夢を見ないとは当たり前の理屈。何をするかは、言わずもがな。
 気真面目で堅苦しく、潔癖で内向的。そんな日本の印象は、大衆の前での昼間の顔なのだろう。二人きり、しとねの中の彼はどこか淫奔な顔を見せる。めまいがする。
「ほぉ、何をしてくれるんや」
 頬にかかる黒髪を払いながら顔を覗き込む。するりと伸びてきた指がオランダの手を捕らえられた。
「子守唄でも歌って差し上げましょうか」
「いらんわ、んなもん」
 困ったひとですねとつぶやいて、日本は黒の双眼をやわらかく細めた。やりとりを楽しんでいる。
「困るのはこっちやざ」
 じいさんのくせに、どれだけ若い衆を籠絡するつもりだ?これじゃああぶなくって、うかうか一人にしておけない。
「まさか、そんな破廉恥な真似はしませんよ」と、日本はくすくすと笑う。
「全部ぜんぶ、オランダさん、あなたにだけです」
「……そうか」

 子守唄なんかより、もっと違うことがいい。相手の存在を強く感じられること。相手は確かにそこにいるのだと感じて、安心したい。
 月明かりに白く浮かぶ首元に、顔をうずめる。ほのかな汗のにおいがした。
 引きこもりでも、童顔でも、災害の多い土地で長い長い年月を生きていただけのことはある。彼はそこにいて、なんでもない風に微笑んでいる。うそみたいに穏やかに。
「このくらいじゃあ、《私》はびくともしませんから」
 いたわるように、日本の手のひらはオランダのそれを包む。握られた手のひらから伝わる熱、愛するひとの少し高めの体温に安堵する。
 巡る血脈は相手が生きているという証だから。
「そういう大口は、外に出てきてから言えま」
「あなたの前だけじゃ駄目ですか?」
 ずっとそのままでいればいい。《国》としてのオランダは、とっとと彼の開国を促さねばならないのに、相反する応えがオランダの喉をふさぐ。
 指と指を組み合わせるように手のひらを握り直す。手のひらがあたたかい。ほわりと微笑む日本に、オランダも少し、頬をゆるめて。

 日本に情報を流して、日本に合わせたやりかたで交易して。欧州の誰よりも長く密接に彼と付き合ってきた自分なのだ。
 もうしばらくだけ彼を独占しても、罰は当たるまい。




End.