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握った掌から伝わった確かな暖かさ

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 夜、使用人を自室に引き払わせた屋敷は静まりかえって、虫の鳴き声だけが遠くに聞こえている。窓際に頬杖をつき、パイプをふかすオランダの胸元に頬をよせて、日本は全身で、彼の存在を感じ取っていた。浴衣ごしに伝わる低めの体温、パイプの甘い香り、ぶっきらぼうな彼の声。
「お慕いしておりますよ、オランダさん」
「お前んとこの言葉はたいがいそんな感じやのぉ。まだるっこしいっちゅうか」
「お嫌、ですか?」
 真綿でくるみこむような、睦言。
 日本だって、好いた相手にささやく言葉を知らないわけじゃないが、それには時と場所と頻度というものがある。好きだ愛していると、言わなくたって相手も分かっているだろうに。
 でも、彼は海の向こうの大陸のお人だから、それでは満足しないのだろう。
 空いた手で抱き寄せられて、甘いかおりをまとった声が、耳元に忍び寄る気配。
「じらされるくらいが、ちょうどええ」
「……っ」
 くちづけられるかと思った。
 早鐘のような鼓動を持て余して、日本はぎゅっと目を閉じた。静かな夜にふたりきり。このままじゃあ心臓がもたない。破裂してしまうかもしれない。
 ことりとパイプを置いて、顔を上げさせられて、口づけの合図。こぼれ落ちた月の光が、彼の透き通る色の髪を輝かせている。ああ、まばゆい。
 日本がまぶたをふせたその時。
 ずしん、と地面が揺れた。

「っ?!」
 とっさに、日本は彼に抱きつく。
 腹を突き上げるような衝撃はすぐに鎮まった。さほど強い地震ではなかったが、彼にもらって玄関に生けておいた、チューリップの花瓶がひっくり返っていないか心配だ。
「なかなか大きな揺れでしたねぇ。近くでナマズが暴れているのかもしれません。……オランダさん?」
 身じろぎひとつしないオランダに、日本は彼の身体にくっついたまま、見上げる。
 いつも鋭く周囲を見据ている彼の目が、大きく見開かれていた。
「お前、なんでそんなのんきなんじゃ」
「え?」
 彼は周囲を見渡し、無事を確認している。日本にしてみれば、ちょっと強いめの揺れだったが、ああまたか、と思う程度である。――それが普通ではないのだと遅ればせながら思い出す。彼の国では日本列島ほども頻繁に、地面が揺れないと聞く。
 日本は顔を上げて、相手を安心させようと笑みをつくる。あなどっていると思われやしないかと、ふと心配になった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ」
 腕を回して、ひと周り以上も大きな男を抱き寄せる。どくどく、どくどく、先ほどの日本とは負けず劣らぬほど、せわしない鼓動を感じた。
「ああ、ひょっとしたら、今の地震は私のせいでしょうか。オランダさんがいて下さるのが嬉しくて、その興奮が伝わってしまったのかも」
 日本が悲しめば、この国には涙みたいな雨が降る。ならば、日本の感情の昂ぶりが地震として表出してしまっても、不思議はない。
「お前っちゅうやつは、つかみどころのないやっちゃな」
 はあ、とオランダはため息をつく。
「奥手かと思いきや性に関しては妙に自由やし、人目を恥じるかと思えば、とんでもないことを言いよる。おどおどしとるかと思えば……ふてぶてしい」
「そうですか?」
 あなたのほうがよっぽどつかめない、不思議なお方だと思うのですが。日本は小首をかしげた。


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