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神月みさか
神月みさか
novelistID. 12163
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君に服を贈る理由

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気持ちよく晴れ渡った梅雨晴れの午後。
平和島静雄は一瞬で気分を台無しにする蟲を見付けた。

即座に害虫駆除を始めた。








「悪かった」

 深々と頭を下げる平和島静雄の姿は、池袋の街の中で浮いていた。
 しかも頭を下げている相手は一見なんの変哲もない男子高校生だ。
 その姿の不気味さに、偶然その場を通り掛った池袋人は、怒り狂って暴れているときと同様にそっと視線を外して遠まわりに避けて通り過ぎた。

「いえ、平和島さんの所為ではありませんよ。頭を上げて下さい」

 静雄と向かい合っている男子高校生は、困惑したように手と首を振っている。
 当然だろう。池袋名物自動喧嘩人形に頭を下げるなどという機能がついているなど想像もしなかったであろうし、それが自分に向けられるなど幻覚としか思えないだろう。

(いやホント、これが白昼夢だったらどんなにいいだろう……)

 男子高校生、竜ヶ峰帝人は一瞬現実逃避に走り掛けたが、即座に気を引き締め直した。まだ目の前には平和島静雄がいる。意識を飛ばしている余裕などない。

 それに今の自分の格好を考えれば、どれだけ現実から目を背けたくても、地に足を着けた対応が必要だとわかる。
 この春あつらえたばかりの高校の制服の惨状を考えれば。

 穏やかなブルーのブレザーの制服は、まるで辻斬りにでも逢ったかのように上下ともばっさりと切り裂かれていた。

 とはいえ凶器は日本刀ではない。現代日本においてもっとずっと非常識なものだ。
 ひとの手によって振り回された道路標識が凶器だった。

 そこまで言えば、池袋事情に明るい人間ならば誰でもわかるだろう。
 犯人は、深々と頭を下げている男、平和島静雄だった。








 事情は簡単だ。
 平和島静雄が折原臨也と遭遇した。
 戦争が始まった。
 偶然通り掛った帝人を臨也が盾にした。
 結果、帝人が被害を受けた。
 それだけのことだ。

「悪いのはどう考えても臨也さんですから。平和島さんには責任はありませんよ」

 溜め息と共に帝人が赦しの言葉を掛けてくれるが、静雄は了承しなかった。

「そうだ。全部臨也が悪ィ。アレが生きてこの世にいんのが悪ィ。そんくらいは俺もわかってる」
「いえ、そこまでは言ってませんが……」
「わかっちゃいるが、それとこれとは別だ。それをやったのは俺だし、そもそも何年も掛けときながらあの蟲を殺しきれなかった俺もやっぱり悪い」
「いえ、そんなこともないと思うんですが……」

 初対面といってもいい人間、それもずっと年上でずっと背も高い有名人に公衆の面前で謝罪されるのは、はっきり言って気まずい。恥ずかしい。できればやめて欲しい。
 帝人はなにはともあれこの場を離れようと言葉を紡いだ。

「とにかく、幸い怪我もありませんでしたし、この格好もなんとかしたいですので、家に帰ります。平和島さんもお仕事に戻って下さい」
「だったら送る」
「いえ、本当に怪我はないのでひとりで平気です。と言いますか、これ以上目立ちたくはないので」

 ぼろぼろの制服姿はひと目を引くが、平和島静雄と連れ立って歩けばその比ではないぐらい注目を集めるだろう。それも間違いなく静雄を怒らせてボコられた馬鹿だと思われて。
 嫌だ。とんでもなく嫌だ。この状態でいつまでも注目を集め続けるのと同じぐらい嫌だ。

「それでは失礼します」

 帝人はぺこりと頭を下げて、その場を離れようとした。
 しかし動けなかった。
 鉄の万力のようなもので左腕を固定されたからだ。

 視線を向けてみれば、左腕には細くて長い人間の指が掴まっていた。

(……人間の手の感覚じゃないんだけど……)

 そうは思ったが、口には出さなかった。
 握る強さも腕に食い込む程ではなく、むしろ隙間が開いている。
 というよりも、隙間が開くように緩く掴んでおきながら微動だにしない指というのが理解できない。少なくとも生身のものとは思えない。

(……成る程。人形って呼び名は伊達じゃないんだな……)

 変なことを納得しながら、帝人はこの場から逃げることを諦めた。
 やはりきちんと相手も納得させなければ離れられないようだ。

「平和島さん」
「だったら連絡先教えろ。後で弁償する」
「気になさらないで下さい。本当に平和島さんの所為ではないですから」
「わかってる。悪いのはノミ蟲野郎だ。後でツケは払わせる。でもそれをやったのは俺なんだから、それの責任は俺がとる」
「……ええと……」

 気持ちはありがたいのだが、池袋の自動喧嘩人形に貸しを作るなどという暴挙は恐ろしくてできない。
 いや、素直に弁償して貰えば貸し借りはなしになるのだろうか。
 しかしそれでも連絡先とか名前とかを教えるのも問題がありそうだ。

 帝人がそんなことを考えていると、静雄が躊躇いがちに言った。

「――みかど、だったか」
「へ? なんで平和島さん……初対面ですよね? ――ああ、臨也さんが呼んでましたか?」

 混乱の内に巻き込まれたので記憶が定かではないが、あの迷惑な男が『帝人君』とか言っていたかもしれない。
 帝人がそう思い訪ねてみると、静雄は軽く視線を逸らしてもごもごと口の中でなにかを呟いた。「初対面か……」とか「セルティが……」とか聞こえたような気もしたが、この場にいない首なし妖精の名を出す意味がわからなかったので、聞き間違いだったのだろうと帝人は判断した。

 どの道知られてしまったのならば仕方がない。

「はい、帝人です。帝人は名前の方で、苗字は竜ヶ峰といいます」

 腹を括った帝人がそう名乗れば、静雄は「りゅうがみねみかど」と繰り返した。

 なにやら面映い。こんなに格好いい大人の男のひとに名前を呼ばれるのは。
 現在の状況が不本意なまでに非日常的なものでさえなければ、こんなにも身の置き所のない思いをせずに済んだだろうにと思うとなにやら勿体ない気さえした。

「で、竜ヶ峰。連絡先」
「お気持ちだけで結構です」

 しかしこれ以上はやはり問題がある。
 帝人は丁寧且つ決然と謝絶した。

 しかし静雄も引き下がらない。
 というよりも彼の辞書にはおそらく引き下がるなどという言葉は最初から記載されていないのだろう。

「けどよ、その制服もう駄目だろ」
「まあ、どう考えても駄目ですね」
「制服ってな、学生にとっちゃ高ェだろ」
「……ですね」

 そう。そこが一番の問題なのだ。
 これが私服だったならばまだ良かった。ファッションにあまり興味のない帝人は安価な服しか持っていない。駄目になってしまっても諦めがつくし、買い換えるのも気が楽だ。
 しかし、学生服というのは非常に高価なのだ。自活している学生にとっては殊更高価な物なのだ。

 何故初対面の筈の静雄が、制服を親に買いなおして貰うのでなく自分で買わねばならないと知っているのか、さすがの帝人もこの状況下ではそこまでは頭がまわらなかった。

「――仕方がありません。臨也さんに弁償して貰います」

 してくれるかどうかわからないけれど。
 してくれるまでは私服で登校しなきゃいけないけれど。

 思わず漏れた溜め息の所為か、静雄の眉間に皺が寄り額に血管が浮いた。
作品名:君に服を贈る理由 作家名:神月みさか