甘えん坊
水を跳ね上げるように両手を上げたかと思うと、リュウタロスはたくましいキンタロスの体に思い切り抱きついた。とはいっても、水中であるおかげで勢いはほとんどない。飛びついてきた細身の身体を揺らぐことなく受け止めてから、キンタロスは普段と同じように歌い始めた。歌いなれた曲であるため、頭で考えるまでもなく、歌詞と旋律が勝手に口から飛び出て行く。その間リュウタロスはというと、嬉しげな笑顔を浮かべながらキンタロスの歌を黙って聞いていた。普段のリュウタロスからは想像がつかないほど大人しい姿だ。それだけ集中して聞かれているのかと思うと、普段は照れなど滅多に感じないキンタロスといえども多少はそういった感情を覚えてしまう。なんというか、こそばゆい感じだ。
途中からそういった気恥ずかしさがあったせいか、普段は短く感じる一曲がやたらと長く感じた。歌い終わったとき、思わず深く息をついてしまったほどだ。
「満足したか?」
「んーまだ聞き足りない!くまちゃんもう一回!」
未だ抱きついたままのリュウタロスが発した言葉に、キンタロスが今度は目を丸くした。
「あかん。今日はもう終いや」
「えー!えー!」
「えーって言うても、あかんもんはあかん」
不満げに唇を尖らせるリュウタロスへ、キンタロスは罪悪感を刺激されながらも言い切った。ここでまた歌うことを赦せば、更に更にとなる事は目に見えている。それではいつまでたっても風呂から上がれないし、またあの恥かしさを味わうのは出来れば御免こうむりたい。
頑として譲らない様子のキンタロスを暫く見つめていたリュウタロスだったが、不意にぎゅうぎゅうと抱き締めていた腕を解いて、僅かに身を引いた。
「解った、今日は僕、もう我慢する。だからくまちゃん、明日もお風呂一緒に入ろう?」
唇を尖らせながら、リュウタロスがじっとキンタロスを見上げる。なんとかリュウタロスから譲歩を引き出せた事に安堵を覚えながら、キンタロスはしっかりと頷いた。
「おう、ええよ。リュウタの都合が良い時に言うてくれたら一緒に来たる」
ぽんと頭に手を載せる。パッとリュウタロスの瞳が輝いた。
「そしたら歌ってくれる?」
「一曲だけやで」
「いーよ!そしたらまたあさっても一緒に入るだけだからね!」
「さよか」
「うん!えへへ、熊ちゃん大好き!」