甘えん坊
顔まで飛沫を受けながらも、まったく気にした風もなくキンタロスが闊達に笑う。すいと水を掻いてリュウタロスはキンタロスの横に座った。リュウタロスの背後遠くで、彼が手にしていたはずのアヒルの玩具が泳いでいるのが見える。飛び込んだ時に水圧に弾かれたのだろう。
「ねえねえくまちゃん、もう歌わないの?」
「ん?歌?」
既にアヒルのことなど忘れたらしいリュウタロスは、きらきらと不思議な色合いをしたすみれ色の瞳を輝かせてキンタロスへと更に近づいた。唐突過ぎる言葉にキンタロスはリュウタロスが指すものが理解できず、僅かに首を傾げた。
「さっき歌ってたでしょ?あっちまで聞こえてきてたよ」
リュウタロスが脱衣所に続く扉を指差しながら言う。キンタロスは合点したように頷いた。
「あぁ、あの鼻歌のことか。なん、聞きたいんか?」
「うん!僕くまちゃんの声とか歌とか好きだから聞きたいの。歌ってくれるよね?答えは――」
「聞いとらん?」
「そのとーり!」
言葉を先取りしたキンタロスへ、リュウタロスが嬉しそうな笑顔を浮かべて力いっぱい頷く。断られる事など予想もしていない表情だ。おそらく子供ゆえの根拠の無い自信からくるものだろうが、今回は正しい。キンタロスは、事情が無い限り、リュウタロスの頼みを基本的に断れない。別に脅されているというわけでもなく、どうにもリュウタロスを見ていると甘やかしたくなってしまうのだ。
キンタロスはひとつ溜息を吐くと、水で濡れたリュウタロスの頭にぽんと大きな手を載せた。
「しゃあない、一曲だけサービスしたるわ」
「わぁい!くまちゃんだいすきー!」