Second to None 前編
いざスーパーにつき、買い物を一通り終えレジに並んだとき、大きく貼り出された「レジ袋有料化」の文字を見て、菊は萎えた。せっかく節約生活を始めようと思った矢先の小さな出費、そしてあのアルフレッドがエコバックなるものを持っているとも思えない。思わずついでにエコバックまで買ってしまい、菊の心はノックアウト寸前のようなボクサーの気分になる。だが悲劇は更に菊に試練を与えた、スーパーの自動ドアを出て気づく、外はいつのまにか雨が降りしきっていた。
(良かった、傘持ってきて)
荷物を肩にかけて傘を空に向かって開く。これだけ大きければきっと家まで濡れずに済むだろう、大丈夫レインブーツも履いてきた。菊は歩き出す。傘を弾く雨粒の音、水溜りを蹴り上げる音、初めて聞く音に何だかウキウキしながら、歩いた。 けれど家とスーパーの丁度中間に差し掛かり、菊は違和感を覚え始める。何だか頭が朦朧としているような、歩いているのに浮いているような。いつもなら足の裏から感じる感覚を、感じない。それにかすかに足を動かそうと思っても、重たい。鉛をつけられて歩かされているような倦怠感。それでも菊は歩いた、こんな水だらけのところで倒れた方が壊れてしまう。菊はその時漸く気づいた。自分が思った以上に水に弱いということに。
何とか家に辿りついた菊、覚束ない手で鍵を開けて、傘は外に畳まずに置き去りにして、玄関に倒れこむ。どうしてだろう、一瞬見えたリビングに灯りがともっていたような。おかしいな、電気消してきたはずだったのに。
「菊!」
そしておかしな感覚は続く、アルフレッドが帰ってくるはずない時間なのに、声が聞こえる。これはメモリーが勝手に再生しているだけなのだろうか。アルフレッドが帰ってきたら伝えなければ、ああレインブーツを脱ぐのを忘れている。買ってきた食材も冷蔵庫に入れなければ。
「だから言っただろ!」
幻聴の次は幻覚まで菊を襲う、アルフレッドが泣きそうな顔を菊は認識した。今日学習したこと、笑って欲しいなら自分から笑うこと。
「…こんな時までそんな顔をしないでくれ」
けれどアルフレッドは笑わない。学習したことは間違っていたのだろうか。菊は普通の表情に戻る。その時、何かが弾けたような感覚。体内で何かがスパークして、それからゆっくり菊は目を閉じた。
***
(どうして再起動したんですか?私は出来損ないです)
「どうしてそう思うんだい」
(学習プログラムが間違っていました)
「具体的には」
(私が笑っても、笑ってくれなかった)
「笑う余裕が無いときには笑えないぞ」
(はっきり言ってください、お荷物でしょう?)
「お荷物なら再起動したりしない」
(何を考えているのか、わかりません)
「君が居ない生活には戻れないって事さ」
菊が笑った、アルフレッドは少し笑った後、菊を思いっきり抱きしめる。
「もう二度と動かなくなった菊は見たくないぞ」
菊は苦しくなる。本当はもっと喜ばせたいのに、いつもアルフレッドを悲しませてばかりだという自分が嫌になる。それになのに必要とされていることが、更に苦しくさせる。もし、自分が人間だったら良かったのに。菊はこの日初めてそんなことを思った。
作品名:Second to None 前編 作家名:こまり