鳩の魂
嫌な記憶というのは、思い出すだけで自らを傷つけてしまう。それを話せばいくらか楽になるかもしれないが、逆に更に深く心を痛めてしまうことだってあるのだ。話せば楽になる、などと云うが、それは本当は無責任な言葉でしかない。話して楽になるためには、話すほうにも聞くほうにも相当な覚悟が必要なのだとおれは思う。今のおれにはその覚悟はない。
「俺は、何もできないな」
「おれだってそうさ。それにおれと違って、君はみんなの期待の星だ」
その期待の星であることが重荷なのだと知ってはいたが、それでもそう云うしかなかった。気の利いた言葉など、今は出てこない。こんなデミアンの顔を見ながら何か愉快なことを云え、なんていうのは、無茶だ。それが彼の為であったとしても。
デミアンはそれからしばらく無言で酒を飲み続け、おれはずっと慰める言葉も説得する言葉も持たずにそれをただ眺めるばかりだった。眠るのに足る以上の酩酊を得た彼が部屋に帰るというので、大した距離ではないが送るよ、と申し出たら、彼はひどく悲しそうな顔をしておれを抱きしめた。
「ジョーは優しいな。優しいのに、どうしてそんな顔をするんだ」
「なんのことだ」
「……なんでもないよ」
君だってひどい顔だ、と思いはしたが口には出せず、もう一度送る、と云う。彼はほとんど泣きそうな目をしていい、とおれを突っぱね、振り払うようにしておれから離れた。そのまま不安定な足取りで廊下を歩いていく彼の背中を見送る。敗残者の憐れさを背負った背中だ、と思った。
デミアンは、役に立たないおれに対して憤りを覚えたのだろうか。