その翌日、南池袋公園にて。
『そういう意味も全部引っくるめて惚れてるっつってんのによ。言ってもわかんねぇなら、身体に教え込んでやるしかねぇな』
ぐいと手を引かれ、彼の寝室へと連れて行かれた。
戸惑う間もなく柔らかなベッドの上に押し倒されると、少し怒ったようなトムが噛み付くようなキスを寄越してきた。
シャツのボタンを外そうとするトムの手に、ようやく彼が何をしようとしているのかが理解出来た。その動きを止めようとする静雄の手にも、チュッと軽いキスが落とされる。
『……良いから、大人しくしてな。嫌って程わからせてやるからよ』
ちろりと指の間に舌を這わされながらそう囁かれ、静雄はそれ以上抵抗する事が出来なくなってしまった。
本当は、早く知りたかったのかもしれない。
彼の気持ちが本当なのか、怯えながらも確かめたかったのかもしれない。これで彼の目が覚めてしまったらと怯える気持ちも強かったけれど、それと同等の強さで彼との接触を求めていた。欲情を滲ませる彼の目に、触発されてしまったのかもしれない。
今までに感じた事のない、目眩を覚えるような欲情に静雄は翻弄されていた。触れたいし、触れられたい。シャツの間から差し込まれたトムの手の温かさに、くっと背がしなるような感覚が走った。くすぐったさと、それだけではない感覚。身体の形を確かめるように動く彼の手は優しく、そして執拗だった。
あられもない声を上げてしまっても、肌を撫でる彼の手が止まる事はなかった。くすぐったい、恥ずかしい、気持ちいい。様々な感覚が薄い皮膚の下でざわざわとさざめき、静雄を混乱させた。
丁寧に解され、ようやくのように彼が内部へと入り込んできてからの記憶は、かなりあやふやになってしまっている。朝目が覚めた時に少し瞼が腫れぼったくなっていた所を見ると、泣いたりもしてしまったのかもしれない。
彼と繋がれた事が、たまらなく嬉しかった。
飛び飛びになっている記憶の中で、はっきりと覚えているのはその感情だけだった。
自制がきかなかったと彼は言うけれど、乱暴に扱われた記憶など欠片も残ってはいない。トムの手は優しく、根気強く、強ばる静雄の身体を解してくれた。柔らかみの欠片もないこんな身体など触っていても一つも面白くないだろうに、さも愛しいものを愛でるような動きで。
そんな彼が、何を反省するというのだろう。酷く扱われた覚えなど、自分には全くないというのに。
「……いや、お前の調子が絶好調なのは実に喜ばしい事だってのは、勿論わかってんだよ。頭ではな」
俯きながらそう漏らす彼に、静雄はどこか落ち着かない気分を味わいながら、はあ、と短く返した。
こんな明るい健全そのものな場所で、昨夜の話を持ち出されてしまうとどんな顔をして良いのかわからない。後ろめたいというか、恥ずかしいというか、世間様に申し訳ないような感覚に苛まれてしまう。
だがそんな静雄の気持ちにも構わず、ぼそぼそと小さな声でトムは続けた。
「俺だって、お前の身体に負担かけたくてああいう事したわけじゃねぇんだしよ。つーか、受け身の側の方が色々しんどいってのがわかってたから、ちょっと躊躇してた部分もあるわけだしな」
「……そ、そうだったんすか」
「そりゃそうだべ。俺がもうちょっと分別のねぇ野郎だったら、もっと早くに手ェ出してたろうよ」
「はあ……」
そうなっていたらなっていたで、自分もきっと抵抗していなかったような気がする。
そう思ったけれど、あえてそれは口にしなかった。彼の気遣いを無にしてしまうような台詞だったし、何より少し恥ずかしかったからだ。
「まあそれは置いといてだ。昨夜、お前が気絶するみてぇに寝ちまったもんだからよ、初っ端から無茶させちまったかなって反省してたんだよ、俺は。なのにお前、今日になったらケロッとしてやがるじゃねぇか。どっちかってーと俺の方がボロボロっつー感じでさ…」
はあ、と溜息を吐かれ、反射的にすんませんと頭を下げる。
「いや、謝るような事じゃねぇだろ。むしろそれは良い事なんだよ。良い事なんだけどな………」
「はあ……」
「……良い事なんだけど、なんつーか、男のプライドに障るっつーか……」
「…………プライドっすか……」
「おう。……で、更にはそんなちっせェプライド持ってる自分に愕然とするっつーか、俺ってこんなちっせェ人間だったのかなって嫌になるっつーか」
要するに、複雑なんだわ。
そう言いながらすぱすぱと煙草を吸うトムを見下ろした。
プライド云々の話は良くわからなかったけれど、眉間に寄った皺はなんとなく可愛く見えた。思わずそこにキスしてしまいたくなるほどだ。
何か気の利いた台詞を言ってやりたくもあったけれど、そんな台詞が静雄に思い付くはずもない。何やらヘコんでいるらしい彼に言葉をかけなければとあれこれ考えた挙げ句、静雄は取りあえず思ったままの事を口にしてみる事にした。
「……ええと、実を言うと俺、昨日の事半分くらい覚えてねぇんすよ」
「え」
そうなのか、と驚いたように顔を上げたトムに、こくりと頷く。
「飲み過ぎてたとかか?」
「いや、酒のせいで記憶飛んだとかってんじゃなくて、途中から気持ち良すぎて何がなんだかわかんなくなっちまったみたいで」
「………………」
正直にそう言った静雄に、トムがぱかりと口を開く。
「だからつまり、えーと、トムさんがヘコむ事なんて何もねぇって事が言いたくて。昨夜の俺が気持ち良すぎてヘロヘロになってたのは事実なんで、プライドとかそういうの良くわかんねぇんですけど、ヘコまないで下さい。俺の体力が、ちょっとおかしいだけなんで」
「…………………」
驚いたような呆れたような顔で目と口をぽかんと開けていたトムは、しばし静雄の顔を凝視した後、眉を顰めてふっと笑った。
その衝動はどんどんと大きくなっていき、やがてトムは腹を抱えて笑い出した。何がそんなにおかしいのかはわからなかったけれど、取りあえず少しでも気分が浮上したのなら良かったと、笑うトムの姿を静雄はじっと見つめた。
「あー、お前って本当に最高」
短くなった煙草を携帯灰皿の中に押し込みながら、トムが言う。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、腰掛けていたベンチから立ち上がった。
「そっかそっか、良かったか。そこまで言われちゃいつまでもヘコんでられねぇよな、俺も」
不意に屈み込んで来たトムに、チュッと触れるだけのキスを落とされる。ちょっとここ外ですよと抗議する間もなく、触れた唇はすぐに離れて行った。
「─────次の休みとその前夜、空けといてくれ」
「え」
「リベンジさせろ。今度はちゃんと、最後まで覚えてろよ?」
指先でちょいと静雄の唇を撫でながらそう言った彼の言葉に、静雄はしばし逡巡しながらもはいと短く答えを返した。
それ以外の答えなど、持ち合わせてもいなかったのだけれど。
トムの唇も唇に触れた指先も、自分の吸っている煙草と同じ香りがした。
END.
作品名:その翌日、南池袋公園にて。 作家名:中野コブクロ