幸せな結婚生活
エメラルド城でシャルル王子とシンデレラの盛大な結婚式が行われてから、数ヵ月後のある日。王太子として父王を補佐しながら忙しい毎日を送っているシャルルの元に、一通の手紙が届けられた。
「誰からだろう?」
封筒の材質はありふれた物だったが、洗練されたデザインをしていた。
「…これは」
裏に書かれた差出人の名前に、シャルルは思わず微笑を漏らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エメラルド国王太子シャルルと結婚し、王太子妃となってからのシンデレラの毎日は、それまでと違った忙しさに満ちていた。掃除、洗濯、炊事―――それら家事全般の事をしなくなった代わりに、定期的に行われる儀式の手順やら諸外国の王族または貴族に対する礼儀作法、更に日常での細かい仕来り等を徹底的に叩き込まれた。それが王族に嫁いだ者として当然身に付けなければならない事だと理解してはいても、それまでの生活とのギャップの激しさに、ついついため息のひとつもこぼれる。
「はい、今日はここまでです。シンデレラ様」
シンデレラ専属の家庭教師が厳粛にそう告げ、うやうやしく一礼して出て行くと、シンデレラは凝り固まった肩をほぐし、思いっきり背筋を伸ばして嘆息した。
「あ~、今日も疲れたぁ…。毎日毎日こうだと、お城を抜け出したくなるシャルルの気持ちが良く解るわ…。でも大分覚えてきたわよね」
もう一度両手を頭上で組んで伸びをすると、シンデレラは立ち上がり爽やかな風を招き入れている大窓へと足を進めた。窓からバルコニーへと出、シンデレラはそこから眼下に広がる風景に目を細めた。
エメラルド国の都。
沢山の友達が夢を見ながら精一杯生きている街。
「皆、どうしてるかな…。最後にあったのは結婚式の時だと思うから、もうずいぶん会ってないのね。イアン、マルセル、それから、お父様にお母様、カトリーヌお姉様、ジャンヌお姉様。そして、ワンダ、チュチュ、ピンゴ、パピー、ミーシャ…」
「シンデレラ―――シンデレラ!」
視線を、町の反対側―――森の直ぐ傍に立っている自分が生まれ育った家に向けていたシンデレラは、突然極近くから声をかけられ驚いた。しかもそれは、ほとんど真上からで…
慌てて声のした方へ視線を転じたシンデレラは、空中から自分を見つめる小さな小さな瞳を見つけた。
「パピー!パピーじゃないの!」
久しぶりに再会した空飛ぶ友の名を呼びながら、シンデレラは友に向かって大きく手を振った。シンデレラ同様、心底嬉しそうに、小鳥のパピーはシンデレラの傍まで急接近した。
「本当にシンデレラだわ!良かった!」
羽を休ませる事無く羽ばたかせながら、パピーはシンデレラに頬擦りした。それを素直に受け止めながら、シンデレラはパピーを休ませる為に彼女の前に人差し指を差し出した。
「パピー、会えてとても嬉しいけど、『良かった!』ってどういう事?」
シンデレラが差し出した指にパピーが降り立った事を確認してから、シンデレラは問を投げた。
パピーはそれにすぐさま答えを返す。
「だって、結婚式以来シンデレラは忙しくて会えなかったじゃない!いつでも会えると思っていたから悲しくて……それで、もう我慢できないから皆と相談して会いに来たの!私は皆より先に出て、シンデレラがどこにいるか探してたのよ。お城は大きいから直ぐに見つけられると思わなかったら、『良かった!』って言ったのよ」
今までの寂しさをまるで埋めるかのように、パピーは息継ぎするのも面倒だと言わんばかりにまくし立てた。その様子に、シンデレラの顔が一瞬曇る。
「そうだったの…。ごめんなさい。私が無責任にあんな事言っちゃったから…。『いつでも会いに来て』なんて…」
パピーは慌てて頭を振った。
「シンデレラが悪いんじゃないわ、気にしないで!私達はシンデレラに会いたくて来たの、文句を言いに来たんじゃないのよ!それにあの時はシャルルだって『いつでもおいで』って言ってたじゃない!」
パピーの一生懸命な姿に、シンデレラは微笑を漏らした。
「それもそうね。ごめんなさい。パピーに会えたのが嬉しくて、ちょっと気持ちが揺れたのね。それよりも、ワンダ達ももうすぐそこまで来てるんでしょ?皆に話してここまで通してもらわなくちゃね」
「そうそう!私その為に先に来たんだったわ」
慌てて飛び上がるパピーの姿に、一緒に住んでいた頃の事を思い出し、シンデレラは嬉しさと懐かしさに笑みをこぼした。
「さぁ、一緒にお願いしに行きましょう」
パピーを連れ、まずは友人の来訪を義理の父と母になった国王と王妃にお知らせしようと、シンデレラは部屋を出た。
と、向かおうとしている方向から一人の男性が歩いてきた。茶色い真っ直ぐな髪に意志の強そうな太い眉。その眉の下で煌めく、澄んだ青い瞳。優雅な仕草。堂々とした態度。そして全身から溢れ出す気品。間違いなく、その男性はこの国の王太子であり、シンデレラの夫、シャルルであった。
シャルルはシンデレラに気付いたらしく、こちらに向かって手を振った。もう片方の手には、何か白い紙のような物を持っている。
「シンデレラ、家庭教師の先生はお帰りになったのかい?」
シンデレラの前まで来ると、彼特有のちょっと意地悪な笑顔を見せ、シャルルはそう言った。そして、シンデレラが何か答える前に、彼女の肩に止まっている小さな友人を見つけ、にっこりと微笑を向けた。
「やぁ、パピーじゃないか。久しぶりだね。今日は一人なのかい?」
「いいえ、ワンダ、チュチュ、ピンゴ、ミーシャ、皆一緒よ。これからシンデレラと一緒に皆を迎えに行くの」
嬉しそうに答えるパピーに、シャルルも嬉しそうに答える。
「それは丁度いい。僕も一緒に迎えに行こう。あ、そうだ。どうせなら皆一緒に昼食を取らないか?」
「え?本当に?良いの?」
シンデレラはシャルルの提案に身を乗り出した。
「ああ、どうせなら野原で食事なんてどうだろう。今日は良い天気だし、結婚式以来ずっと城の中だから、たまには外に出たいだろう?」
「ええ、是非!じゃ、早速王様と王妃様にお許しを―――」
シンデレラの台詞は、シャルルの人差し指により遮られた。
「…シャルル?」
「王様と王妃様じゃないだろ?」
「…お義父様とお義母様」
シャルルは満面の笑顔をシンデレラに見せた。
「よろしい。いつまでも他人行儀じゃ、父上と母上が悲しまれるからな」
「でも、この国で一番偉い人とそのお妃様よ?…なんだか呼びにくいわ…」
「その内慣れるさ」
簡単に言い切ると、シャルルはシンデレラの横に並んで、背中に手を回した。
「さ、お姫様。大事な友を持て成す為、早々に手配を済ませましょう」
「そうね♪ それでは王子様、まいりましょうか?」
シンデレラはシャルルに微笑みかけ、それにシャルルも微笑を向ける。
穏やかな空気が二人を包み、パピーは少し恥ずかしい気もしながら、若い夫婦と同じく、幸せな気分に満たされた…。
「わぁ~、凄~い!」
「誰からだろう?」
封筒の材質はありふれた物だったが、洗練されたデザインをしていた。
「…これは」
裏に書かれた差出人の名前に、シャルルは思わず微笑を漏らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エメラルド国王太子シャルルと結婚し、王太子妃となってからのシンデレラの毎日は、それまでと違った忙しさに満ちていた。掃除、洗濯、炊事―――それら家事全般の事をしなくなった代わりに、定期的に行われる儀式の手順やら諸外国の王族または貴族に対する礼儀作法、更に日常での細かい仕来り等を徹底的に叩き込まれた。それが王族に嫁いだ者として当然身に付けなければならない事だと理解してはいても、それまでの生活とのギャップの激しさに、ついついため息のひとつもこぼれる。
「はい、今日はここまでです。シンデレラ様」
シンデレラ専属の家庭教師が厳粛にそう告げ、うやうやしく一礼して出て行くと、シンデレラは凝り固まった肩をほぐし、思いっきり背筋を伸ばして嘆息した。
「あ~、今日も疲れたぁ…。毎日毎日こうだと、お城を抜け出したくなるシャルルの気持ちが良く解るわ…。でも大分覚えてきたわよね」
もう一度両手を頭上で組んで伸びをすると、シンデレラは立ち上がり爽やかな風を招き入れている大窓へと足を進めた。窓からバルコニーへと出、シンデレラはそこから眼下に広がる風景に目を細めた。
エメラルド国の都。
沢山の友達が夢を見ながら精一杯生きている街。
「皆、どうしてるかな…。最後にあったのは結婚式の時だと思うから、もうずいぶん会ってないのね。イアン、マルセル、それから、お父様にお母様、カトリーヌお姉様、ジャンヌお姉様。そして、ワンダ、チュチュ、ピンゴ、パピー、ミーシャ…」
「シンデレラ―――シンデレラ!」
視線を、町の反対側―――森の直ぐ傍に立っている自分が生まれ育った家に向けていたシンデレラは、突然極近くから声をかけられ驚いた。しかもそれは、ほとんど真上からで…
慌てて声のした方へ視線を転じたシンデレラは、空中から自分を見つめる小さな小さな瞳を見つけた。
「パピー!パピーじゃないの!」
久しぶりに再会した空飛ぶ友の名を呼びながら、シンデレラは友に向かって大きく手を振った。シンデレラ同様、心底嬉しそうに、小鳥のパピーはシンデレラの傍まで急接近した。
「本当にシンデレラだわ!良かった!」
羽を休ませる事無く羽ばたかせながら、パピーはシンデレラに頬擦りした。それを素直に受け止めながら、シンデレラはパピーを休ませる為に彼女の前に人差し指を差し出した。
「パピー、会えてとても嬉しいけど、『良かった!』ってどういう事?」
シンデレラが差し出した指にパピーが降り立った事を確認してから、シンデレラは問を投げた。
パピーはそれにすぐさま答えを返す。
「だって、結婚式以来シンデレラは忙しくて会えなかったじゃない!いつでも会えると思っていたから悲しくて……それで、もう我慢できないから皆と相談して会いに来たの!私は皆より先に出て、シンデレラがどこにいるか探してたのよ。お城は大きいから直ぐに見つけられると思わなかったら、『良かった!』って言ったのよ」
今までの寂しさをまるで埋めるかのように、パピーは息継ぎするのも面倒だと言わんばかりにまくし立てた。その様子に、シンデレラの顔が一瞬曇る。
「そうだったの…。ごめんなさい。私が無責任にあんな事言っちゃったから…。『いつでも会いに来て』なんて…」
パピーは慌てて頭を振った。
「シンデレラが悪いんじゃないわ、気にしないで!私達はシンデレラに会いたくて来たの、文句を言いに来たんじゃないのよ!それにあの時はシャルルだって『いつでもおいで』って言ってたじゃない!」
パピーの一生懸命な姿に、シンデレラは微笑を漏らした。
「それもそうね。ごめんなさい。パピーに会えたのが嬉しくて、ちょっと気持ちが揺れたのね。それよりも、ワンダ達ももうすぐそこまで来てるんでしょ?皆に話してここまで通してもらわなくちゃね」
「そうそう!私その為に先に来たんだったわ」
慌てて飛び上がるパピーの姿に、一緒に住んでいた頃の事を思い出し、シンデレラは嬉しさと懐かしさに笑みをこぼした。
「さぁ、一緒にお願いしに行きましょう」
パピーを連れ、まずは友人の来訪を義理の父と母になった国王と王妃にお知らせしようと、シンデレラは部屋を出た。
と、向かおうとしている方向から一人の男性が歩いてきた。茶色い真っ直ぐな髪に意志の強そうな太い眉。その眉の下で煌めく、澄んだ青い瞳。優雅な仕草。堂々とした態度。そして全身から溢れ出す気品。間違いなく、その男性はこの国の王太子であり、シンデレラの夫、シャルルであった。
シャルルはシンデレラに気付いたらしく、こちらに向かって手を振った。もう片方の手には、何か白い紙のような物を持っている。
「シンデレラ、家庭教師の先生はお帰りになったのかい?」
シンデレラの前まで来ると、彼特有のちょっと意地悪な笑顔を見せ、シャルルはそう言った。そして、シンデレラが何か答える前に、彼女の肩に止まっている小さな友人を見つけ、にっこりと微笑を向けた。
「やぁ、パピーじゃないか。久しぶりだね。今日は一人なのかい?」
「いいえ、ワンダ、チュチュ、ピンゴ、ミーシャ、皆一緒よ。これからシンデレラと一緒に皆を迎えに行くの」
嬉しそうに答えるパピーに、シャルルも嬉しそうに答える。
「それは丁度いい。僕も一緒に迎えに行こう。あ、そうだ。どうせなら皆一緒に昼食を取らないか?」
「え?本当に?良いの?」
シンデレラはシャルルの提案に身を乗り出した。
「ああ、どうせなら野原で食事なんてどうだろう。今日は良い天気だし、結婚式以来ずっと城の中だから、たまには外に出たいだろう?」
「ええ、是非!じゃ、早速王様と王妃様にお許しを―――」
シンデレラの台詞は、シャルルの人差し指により遮られた。
「…シャルル?」
「王様と王妃様じゃないだろ?」
「…お義父様とお義母様」
シャルルは満面の笑顔をシンデレラに見せた。
「よろしい。いつまでも他人行儀じゃ、父上と母上が悲しまれるからな」
「でも、この国で一番偉い人とそのお妃様よ?…なんだか呼びにくいわ…」
「その内慣れるさ」
簡単に言い切ると、シャルルはシンデレラの横に並んで、背中に手を回した。
「さ、お姫様。大事な友を持て成す為、早々に手配を済ませましょう」
「そうね♪ それでは王子様、まいりましょうか?」
シンデレラはシャルルに微笑みかけ、それにシャルルも微笑を向ける。
穏やかな空気が二人を包み、パピーは少し恥ずかしい気もしながら、若い夫婦と同じく、幸せな気分に満たされた…。
「わぁ~、凄~い!」